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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 浩之は無言で手早く朝食を口に運んでいた。

 セリオは当然物を食べないので、テーブルの向かいに座ってじっとしている。

「……何で朝からこんなにローテンションなのよ」

 一緒に朝食を食べていた綾香が、やはり嫌そうにご飯を口に運びながら言った。

「朝からテンションが高い必要もないだろ」

 それだけ言うと、浩之はまた綾香には目もくれず口を動かし出した。

「それはそうだけど」

 綾香も別に朝からいっつもハイテンションというわけではなかったが、今の空気はいたたまれな い気持ちになっていた。

 浩之は浩之で、無言で手早く朝食を片付けようとしているし、セリオはセリオで、心あらずと いう感じで、どこを見ているのか分からない。

 まさか2人が朝からいちゃついてるとは思わなかったけど、こんな感じじゃあ、恋人とは絶対 言えないわよね。

 セリオがぼーっとしているのも確かに分かる。志保の言ったことを聞いたのだ。セリオならどんな 行動を取っても不思議ではなかった。

 だが、セリオの様子がおかしいということぐらい、浩之なら分かるはずだ。それなのに、浩之は 何の気のきいたセリフも言わない。挨拶と事務的なこと以外は、ほとんどセリオと口をきいていない。

 まさか、浩之は……

 いや、浩之に限ってそんなことはないと思うけど……

 綾香は、その不安な気持ちを無理にでも頭の中からおいやった。もちろん、そんなことがあるわけ がないと信じてはいるのだ。

 まさか、浩之がセリオのことを重荷に思ってるなんてことは……ないわよね。

 綾香が好きになった浩之には絶対ないことだ。だが、今はもう綾香はセリオにその道を譲り渡し、 一歩引いている。

 ……まさか、だから私も信じれなくなってるのかな。

 すでに自分の中では浩之は恋愛対象から除かれているのだろう。だから、単純に浩之を信じる ことができないのだ。そう、盲目的に……

 浩之は、からになった茶碗をテーブルに置いた。

「ごちそうさま」

「おそまつ様でした」

 浩之には、あまりがっついている様子もなかったのに、セリオの用意した朝食をすぐに全て食べて しまっていた。もっとも、量のことはセリオが計算して作っているので、丁度良いのだろうが。

 浩之は、食事をして一息つく間もなく、立ちあがった。横には、すでに用意し終えた鞄が置いて あり、浩之はそれをつかむ。

「さて、じゃあ俺は仕方ないから志保を探してくるから、セリオ、戸締り頼むぜ」

「はい、分かりました、浩之さん」

 浩之は、その返事を聞くか聞かないかというぐらいに早足で動き出した。口ではどう言え、かなり 急いでいるのかもしれない。

 だったら最初っから志保の後追えばいいじゃない。

 いくら綾香でも、あの志保を追ったのなら、まあ、仕方ないとは思っていた。志保は浩之の恋人 ではないが、相手は浩之だ。そのぐらいの優しさ、持っているからこその彼だ。

「んじゃ、綾香もまあ適当に時間つぶして学校行けよ」

「浩之も、さぼらないようにね」

「ま、それは志保の行き先次第だな」

 だいたい浩之も志保の行き先など読めるが、もし違っていた場合には、まさか探さないわけにも いかないのだ。だったら最初に志保が歩いていくときに後を追えばよかったのだろうが、残念ながら、 浩之にはそのときにはまだ色々とやることが残っていたのだ。

 一つは、朝食を取るため。これは冗談でも何でもなく、なるべく体力をつけておきたかったのだ。 下手をすると、かなり消耗することがあるだろうし、それが無くても、今はなるべく体調を万全に しておきかったのだ。

 それともう一つ……

「じゃ〜ね〜」

 浩之が部屋を出るのを、セリオは立ちあがって玄関の方まで見送りに言ったが、当然綾香は気を きかせてついてはいかなかった。

 まあ、浩之がおでかけのキスなんかしてるとは思わないけどね。

 そんなことを心の中で考えながら、肩をすくめて、綾香は食事を続けた。

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃいませ、浩之さん」

「……セリオ」

「はい」

「……愛してるぜ」

 浩之は、綾香には聞こえないように、小さな声で言った。

「……はい」

 セリオは、いつもの無表情だったが、どこか嬉しそうだった。

 そして、浩之はまるで恥ずかしがっているように、サッと後ろを向くと、家を出ていった。

 家を出て、浩之は、やはり胸を押さえて壁にもたれかかった。

 もう、間違いようのない苦痛が、浩之の胸を襲っていた。

「っ、俺としたことが……」

 もちろん忘れていたわけではないのだ。セリオを恋人だと意識するような行動を取ると、自分の 胸が、というよりも心臓がするどい痛みに捕われるのだ。それを忘れれるほど、浩之もバカではない。

 むしろ、今苦しんでいるのは、わざとだ。

 家の中では、トイレや風呂、自分の部屋などの隠れ場所は決まっているが、それでも絶対にぼろ が出てしまうだろう。

 逃げることがいいことだとは浩之も思ってはいない。しかし、今は逃げるしか道がないのだ。

 だから、セリオに愛の言葉を言えるのは、今は家を出るときだけ。セリオと、顔を合わせなく なるときだけなのだ。

 早く、この痛みを止める方法を考えないと……いつか、セリオにばれてしまう。

 いや、もしかしたら、もうばれているのかもしれない。そう思っていても、浩之は無駄な演技を やめるわけにはいかないのだ。

 セリオと一緒に、幸せになるために。

 セリオを、悲しませないために。

 静まれ、この痛みっ!

 しかし、痛みはまだおさまらない。胸を押さえて、壁にもたれかかるようにして歩くこんな姿を、 もし人に見られでもして、救急車を呼ばれてもおかしくはないのだ。

 この痛みを消す方法は……くそっ、こんな手しか残ってないのか!?

 浩之は、ギリッと歯を食いしばって、その思いを頭から抜いた。

 昨日のことを思いだしているのだ。胸の痛みの消えたとき、それは、あかりを見舞いに言って、 その後あかりと一緒にどうでもいい話をしていたとき。

 ……セリオでない女の子と話していたとき!

 それが、昔から知っている1番心を許せる相手だとしても、浩之は自分自身で許せないのだ。 確かに浩之は自分で一途などとは思ってはいない。しかし、スジの通し方はあると思っている。

 何より、その行為自体が、セリオを、メイドロボを同等と見ていない証拠じゃないか。

 くそっ、静まれっ!

 だから浩之は、1番可能性の高い処方を蹴った。ここで、あかりのことを考えるなど、浩之の 目的とまったくかけ離れるからだ。

 手段のために、目的を忘れるわけないだろっ!

 浩之は、自分の身体に叱咤をして、ぎこちなくだが、歩きだした。

 

続く

 

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