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銀色の処女(シルバーメイデン)

92

 

 浩之は、胸の痛みをこらえながら今自分がすべきことを思い出していた。

 そうだ、志保を探しに行かないと……

 こんな朝早くだ、どうせ志保の行く場所など限られている。

 ここで、もし今が夕方なら、探すのにはえらく時間を要しただろう。だが、不幸中の幸いに、 今の時間はどこも遊ぶ場所は開いていない。

 志保は最近の女子高生らしく不真面目そうに見えるが、学校を休んで遊びに行くようなタイプで はないことぐらい、浩之も重々承知だ。

 しかし、今日の志保はおかしかったからな……

 昨日の電話でもそうだが、志保の様子はどこかおかしかった。いや、おかしかったと言えば、 すでにあかりの見舞いに行けとしつこかった時点で、いつもの志保でもなかったような気がする。

 だが、いつもと違うとは言え、志保は志保。俺の知っている志保と何ら変わりはないはずだ。

 だったら、志保の行く場所ぐらい……

 ……

 浩之は、そこで自分が一つ失念していたことを思い出した。

 遊びに行く以外に、志保が行く場所あったっけか?

 確かに浩之はよく志保とつるんで遊んでいる。おそらく、一緒に遊ぶことを考えれば、一番 よく遊ぶ相手だろう。

 しかし、それはゲーセンだの、カラオケだの、ショッピングだの、ヤックだの、基本的には「店」 で遊ぶのだ。

 まあ、高校生にもなって、それ以外で遊ぶことはないだろうが、それにしても、どこか公園とか そういう場所に二人で一緒に行くということはほとんどない。

 ……いや、それが普通か。

 小さいころから遊んでいるあかりとは、それは確かに「思いでの場所」はあるが、志保と知り合った のは中学のときからだ。もうそのときには公園に遊びに行くなどしてなかったのだから、仕方のない ことなのだ。

 だいたい、今日びの高校生が、デートでもないのに公園に何しに行くんだよ。

 二人でつるむことは多かったので、志保とは当然何度も噂されたが、実際を見れば簡単に分かり そうなものだ。二人がそんな関係でないことぐらい。

 よく、異性同士に友情はわかないと聞くが、浩之はそれを意識することさえなかった。志保が 見た目にはかなりかわいいことを知っていてもだ。

 そして、そんな関係がいつまでも続くと、浩之は信じていた。いや、信じる必要さえなかった。 それはそこにあったのだから。

 さて、志保も俺に手間をかけさせてくれるぜ。

 浩之は、志保の行きそうな場所を考えた。

 あまり秘密のあるようなタイプではないから、きっと予測できる場所に行っているはずだ。よく も悪くも、志保は単純だからな。

 浩之はそう思って、胸の痛みで鈍る頭を使って考えた。

 ……志保と行った場所……今開いていて行った場所となると……

 花見に行く並木通り、近くの公園、学校……

 何のことはない、学校だな。

 浩之は、そう判断した。今の志保の精神状態がどうかは知らないが、家に帰る以外で志保の行き そうな場所を、他に思いつかなかった。

 それに、今の時間なら学校は開いているとは思うが、教室には誰もいないであろう。せいぜい、 部活の朝練でグラウンドや体育館に人がいる程度だ。

 志保に一体何があったのかは知らないが、あまり変な場所に行くこともないだろう。そう考えれ ば、学校は一番行っていそうな場所だ。

 学校に行けば、俺に会っちまうことまで考えてないのか……それとも、本当は探して欲しいのか……

 どちらにしろ、浩之は学校に向かうことにした。もし学校に志保がいなかったら、一度志保の 家に電話して、帰ってないかどうかを聞いたら、また学校を出て探さなければいけなくなるだろう。 面倒なことだが、ほっとくわけにもいかないだろうから、仕方のないことだ。

 ……って、志保に電話すりゃいいじゃんか。

 志保の携帯番号は分かっているのだから、そこらの公衆電話からかければいいだけの話だ。

 もっとも、それで志保が電話に出るとも思えないが……

 浩之は、途中にある公衆電話に入ると、テレホンカードを入れてもう覚えてしまっている志保の 携帯番号を押した。

 プルルルルルルルッ、プルルルルルルルッ

 ブツッ

『こちらはNNTTOKOMOです。現在、この携帯は、電源を切られているか、電波の届かない ……』

 おきまりの台詞に、浩之は電話を切った。

 やはり、電源を切っているようだ。まあ、俺が電話をかけるのを予測しての行動だろうな。

 しかし、本当に探して欲しくないわけはないな。

 浩之はそう思って歩きだした。胸の痛みは、だいぶ和らいでいる。

 志保は、あんな朝早くからうちに来たわりに、結局ほとんど何も話さずに逃げるように行って しまったが、もし俺と会いたくない事情があるなら、わざわざ朝にうちに来る理由が思いつかない。

 志保は、何か理由があってあんな朝早くから俺の家を訪ねてきたのだ。だったら、会いたくない というのは矛盾している。

 おそらく、かなり話辛いことなのだろう。だから、志保はセリオや綾香がいる場所から逃げた のだ。

 浩之は、学校に行く足を速めた。

 今の時間は教室には人がいない。いないとは思うが、もし誰かがいたら面倒なことになる。

 そう思うと、浩之の足は自然と速まるのだ。

 普通に学校に向かうよりも5分ほど早かっただろうか。浩之は学校についた。さすがにこの時間 では、朝練をしている生徒もまばらだ。

 ここには不釣合いな浩之だったが、単に校舎に入るだけなら、別に怪しまれることも注目される こともない。

 昇降口で靴をはきかえ、浩之は志保の教室に向かった。

 しかし、浩之の予想とは外れ、そこに志保の姿はなかっし、他に来ている生徒もいなかった。

 念のため、自分の教室も覗いてみるが、やはり誰一人としていない。

 俺の考え違いか?

 志保は部活動はしていないので、この時間に行く場所もないはずだ。

 仕方ない、一度志保の家に電話して……

 そこで、浩之はふと思った。

 先に、靴があるかどうかだけでも調べておくか。

 浩之は昇降口に向かった。志保の下駄箱の位置は一応覚えている。

 見ると、そこには志保の靴があった。

 てことは、どっか学校の中にいるんだろうな。

 浩之は、志保の行っていそうな場所を考えた。保健室……はないだろう、トイレに行かれていたら、 俺は手の出しようがない。職員室もないだろうし、他の教室など、それこそ行くわけはない。

 後は、せいぜいよく昼食を食べるベンチあたりか……

 ……そうだな、後、屋上って可能性もあるか。

 浩之は、よくお昼に利用するベンチの辺りを見るが、やはり誰もいない。

 これで、屋上にいなかったら、今はお手上げだな。

 浩之はそう思いながら、屋上に向かう階段をあがっていった。

 扉を開けると、そこは一瞬震えるほど寒かった。もうそこに冬が近づいてきているんだな、 と浩之は全然関係ないことを考えた。

 浩之が屋上を見渡し人影を探すと、そこには一人だけ女子生徒が、寒い空の下で、屋上から下の 景色を眺めていた。

「……こいつ、俺が来たのも見てたんじゃねえか?」

 その声に、志保は振り向いた。

「ヒロ……」

「よお、志保。こんな朝早くから会うなんて、奇遇だな」

 浩之は、皮肉っぽくそう笑うと、志保の横に並んだ。

 さて、どう切り出したものか……

 下を向いてしまった志保を見ながら、浩之はどこかのんきな表情で、そう考えていた。

 いつの間にか、胸の痛みは綺麗に消えていた。

 

続く

 

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