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銀色の処女(シルバーメイデン)

96

 

 放課後になって、浩之はちらりとあかりの席を見た。

 今日も休みなのか……

 昨日見舞いに行ったときは、それなりに調子が良さそうだったが、大事を取ったり、またぶり返し たりした可能性はある。

 しかし、来れる程度なら絶対にあかりは学校に来るはずだ。やはり、またひどくなったのだろう か。昨日見舞いに行ったのはいいが、長い時間居すぎたのかもしれない。

 ここで実はあかりは不治の病に……というあまりに飛躍しすぎた考えを持ってくるのは、せいぜい 志保ぐらいだ。

 またぶり返したのなら、見舞いに行くのもいいが、ちゃんと治るまで安静にさせとくほうがいい ような気もするが……さてどうしたものか。

 今日はセリオに関してもすぐにどうこうということもないので、見舞いに行く時間は取れる。 おそらく、また帰れば自分を苦しめるであろう『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』 による胸の痛みの緩和にも使えるが……

「結局、あかり今日も休んだわね」

「おわっ」

 浩之は急に後ろから声をかけられたので、驚いて声をあげた。

「な、何だ、志保か」

 後ろには、不機嫌そうな志保が立っていた。

「何よ、人をおばけか何かみたいに」

 いつもならからかってくる志保だが、今日はただそう言い返してきただけだった。おそらく、 あかりが二日も休んだことが心配なのだろう。

「でも、あかりどうしたんだろね。昨日はそんなに調子悪いようには見えなかったんだけど」

「俺が行ったときも調子良さそうだったんだがな」

「そりゃ、まあね」

 浩之が見舞いに来てくれたのに、あかりがうれしくないわけがないのだ。おそらく、どんなに つらくともうれしさに顔が緩むというものだ。

「あんた、昨日あかりん家ではしゃぎすぎたんじゃないの?」

「けっ、おまえじゃあるまいし、そんな非常識なことなんかするかよ」

「何よ、じゃあ私は非常識だって言うの?」

 浩之は肩をすくめた。

「そうだな、価値観が非常識なやつに常識なんて言っても仕方ないな」

「きーっ、言ったわね!」

 売り言葉に買い言葉で怒りながらも、志保は安心していた。自分が案外いつもと同じ態度を取る のがうまいことに。

「ま、おまえの非常識さは置いといて、今日はさすがに見舞いに行かない方がいいかもなあ。昨日 見舞いに行って今日も休まれたんじゃあ、そのせいだって言われても仕方ないしな」

「そうねえ……」

 志保としては、病気を無視してでも浩之にはあかりの家に行って欲しいところだった。あかりが それでうらむということは絶対ないはずだ。

「とりあえず、私は今日は見舞いに行かないわよ」

 志保は、まだ本当はあかりと顔を合わせたくないのだ。ほとんど決死の覚悟で今日は会うと思って いたのに、今日もあかりが休みで拍子が抜けたところもあるが、どちらにしろ、先延ばしにしたい問題 なのだ。

 例え、自分が浩之をあきらめていると言っても、それはまた別の話なのだ。

「じゃあ、今日はおまえはすぐ家に帰るんだな」

 浩之は志保には今日少しだけ気晴らしに付き合ってもらおうと考えていた。どんなに沈んでも、 問題が解決しないことを浩之はよくわかっているのだ。それぐらいなら、志保とバカをして気晴らしを した方が何倍もいいと浩之は考えていたのだ。

「誰がすぐ帰るのよ」

「へ?」

「今日はあんたん家に行くに決まってるでしょ」

「……何で?」

「何で? じゃないわよ。セリオのことがあるんだから、一回は行かないといけないじゃない」

「まあ、そりゃそうだが……」

 何もそんなに急いで来なくともと浩之は思うのだが、こう言い出した志保は何が何でも浩之の 家に行こうとするのは目に見えていた。

 それに、ライバルの顔はよく見といた方がいいじゃない。

 志保は、心の中でそうつぶやいた。

 ヒロにはヒロの事情ってのがあるように、私にも私の事情ってのがあるのよ。

 ヒロを、あかりのものにするか。それができないときは……

「やっぱり、対等に見るって言うからには、ちゃんと相手のことを理解しといた方がいいでしょ」

「まあ、そうなんだけどなあ……」

「何よ、煮え切らないわね。あんたが言ってきたことじゃない」

 確かにそれはそうなのだが、浩之には志保とセリオの組み合わせというものがいまいち想像 つかないのだ。

 セリオはともかく、志保はだいたいどんなタイプにでも合う。似合わないという組み合わせ にも、実際としてはかなりうまく行くことが多い。志保と委員長だの、志保と琴音だの。

 しかし、志保とセリオというのは、その中でもかなり合わないような気がするのだ。

 まあ、息投合しても、それはそれでどうかと思うが……

「まあ、しゃーないな。何度もおまえをうちに連れていきたくはないんだがなあ」

「何よ、この志保様が自分から行ってあげるって言ってるんだから、感謝するべきよ」

「へいへい」

 浩之はもうこれ以上は何を言っても無駄だと思い、鞄を持って教室から出た。それに志保が後ろ からついていく。

 あまり珍しくもない組み合わせだ。表情が不機嫌だったり、さえなかったり、やる気なさそうなの も、これもよくある話。

 この二人が一緒に歩いていたからと言って、誰も不思議に思うことはない。今二人が置かれている 状況など、絶対に想像できないだろう。

 二人はいつものように、バカな話をしながら浩之の家を目指した。途中でヤックやゲーセンに 寄ることも考えたが、今の目的が、志保がセリオに会うことなので、とりあえず寄り道はしないこと にした。

 セリオは、綾香にでもつかまらない限り、まっすぐ家に帰るはずなのだ。

 そしてまっすぐに家に向かいながら、浩之は覚悟をしなければならなかった。また、あの胸の 痛みを隠しながら普通の態度を取らなければならないことを。

 近くに志保がいるので、それで何とかごまかせれないかとも思ったが、あまり期待はしていな かった。

 そもそも、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』が他の女の子と話したり 近くに寄ったりするだけで緩和するなんて話を、浩之は聞いていないのだ。

 実際、近くに綾香がいても胸の痛みは消えなかった。結局、近くにセリオがいれば一緒なのだ。 だったら、甘い考えは捨てるしかない。

 甘く見ていて、もしその状態で痛みが襲ってきたら……俺は、セリオの前でも耐えれない可能性 だってある。

 確かに、昨日のことはばれているかもしれないが、これ以上その姿を見せなければ大丈夫の はずだ。

「志保、セリオには、胸の痛みのことは黙っておいてくれよ」

 そして、志保にも言い含めておかなければならない。もし、志保からその話が伝わってしまった ら、今までの苦労が水の泡となってしまう。

「分かってるわよ。いくら私でも、あんたがえらく苦労してるのを台無しにするようなことは しないわよ」

 実を言うと、ちょっと言ってみたい気もしてはいたのだ。セリオが苦しむのは、ひどい話だが、 ライバルに対してなのだからかまわないのだ。ただ、それは浩之の苦痛も含まれるので、やる気は なかったが。

 私もあかりほどじゃないけど、ヒロのやることにはだいたい邪魔はしたくないしね。

「まあ、これでヤックのおごり2回ね」

「けっ、ちゃっかりしてやがるぜ」

 しかし、そういう浩之は、あまり嫌そうではなかった。こういう冗談が浩之をかなり救っている ことを、志保は自覚はしてはいないが、素で実行するのだ。

 そうこうしているうちに、浩之の家まで来た。

「ただいま〜」

「おじゃましま〜す」

 そこには、まるで待ち構えてたようにセリオがいた。

「おかえりないさいませ、浩之さん。いらっしゃいませ、志保さん」

 そのセリオの表情は、やはりいつも通り無表情だった。

 表情なら私の勝ちね。

 志保はそう思ったが、無表情なのはそれはそれでいいのかもしれないので、あまり判断はつかない 部分ではあった。

 そんなことを志保が考えているのを知らないだろうが、セリオは相変わらずにこりとも しなかった。

 

続く

 

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