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銀色の処女(シルバーメイデン)

97

 

「どうぞ、コーヒーです」

「お、ありがと、セリオ」

「……ありがと」

 セリオは、志保が来たことを別に疑問に思うでもなく、慣れた手つきでコーヒーを出した。 メイドロボなので当然コーヒーぐらい入れれるのだが、それが何故か志保には非情にわざとらしく 見えて、返事をした声はあまり機嫌の良いものではなかった。

「おい、志保。お前人の家でお茶出された態度じゃねーな」

 その態度に、浩之がめざとくつっこみを入れる。

「何よ、人が不機嫌だったら悪いって言うの?」

「悪い。少なくとも、不機嫌なままで人の家に来るな」

「仕方ないでしょ、だいたい……」

 いつもの口ゲンカを始めようとしたのだが、志保はふとじっとこちらを見ているセリオの視線に 気がついて、赤面しながら口を閉ざした。

「何見てるのよ」

 志保としては、このさい相手が浩之だろうがセリオだろうがどうでもよかった。とにかく、今の この状況が我慢ならなかったのだ。

 志保が浩之の家を訪ねたのは、さして明確な理由があるわけでもない。いや、セリオを対等に 見るためという大きな理由はあるのだが、どうやってという部分が抜け落ちているのだ。

「浩之さんと仲が良さそうでしたので、微笑ましく思えたので、つい見とれてしまいました」

「微笑ましいって……」

 志保は、さらに赤面してしまった。

 何で、こんなやつに恥をかかされないといけないのよ。しかも、ヒロの前で……

 志保がチラリと浩之の方を見ると、別にあせった様子もなく、いつものやる気さそうな顔で、 しかし、どこか優しい顔で、セリオを見ていた。

「おいおい、俺と志保は犬猿の仲なんだぜ」

「そ、そうよ。この志保ちゃんが永遠の宿敵とそんなじゃれつくわけないじゃない」

「ですが、綾香お嬢様はケンカするほど仲が良いと言っておりました」

 さすがは綾香というか、志保にとっては、いらないことを教えるなという気がしていた。

 志保としては、それが微笑ましい光景なのは実を言うとそんなに問題ではない。それが、セリオ の口から出たのが、どうしても気にくわないのだ。

 セリオ本人がどう思っているのかは知らないが、志保から見れば、それは勝者の余裕としか聞こえ ないのだ。

 普通なら、好きな男の子が他の女の子とケンカっぽくとは言え、仲良くしていれば、嫉妬する ものだ。

 確かに、私はあかりとヒロが仲良くしていても、嫉妬しない。最終的にヒロとあかりがつきあう ということを考えれば、ちょっとくやしい気もするが、身を引くことも仕方ないと思う。

 しかし、それは多分はっきり言って特殊なことなのだろうと思う。普通なら、例えどの女の子が ヒロに近づいても、私は嫌な気持ちになるはずだ。

 でも、このセリオは、おかしなことに、見とれたと言った。妬けたとは言わなかった。

 メイドロボが人間に対して負の感情を持つとは思っていないけど、それにしたっておかしな 話だ。普通に考えて、そんなことはないはずだ。

 嫉妬しないなんて……いや、その前に、感情って、私は何を考えているのだろう?

 何を、メイドロボが感情があるなんて考えているのだろう。

 ヒロは、対等に見てくれと言った。

 でも、それは私にとってヒロのためであって、このセリオのためでは決してないのだ。ヒロが 選んだからこそ、その努力をしようとしてるだけなのだ。

 だいたい……

 志保は、ここになって、初めて自分が見落としているものに気がついた。

 だいたい、セリオが、ヒロのことを愛してるかどうか分からないじゃない。

 それは実に盲点だった。むしろ、浩之のことを好きになった女の子に、そのことを気付けという 方が無理なのかも知れない。

 志保は、それでも気がついた。

 普通なら、浩之の魅力にばかり目が行って、「メイドロボでも浩之のことを好きになるだろう」 と勝手に解釈してしまうのだ。

 しかし、志保には前提条件である、メイドロボが人を好きになるかどうか、確信が持てないのだ。

 それを言うと、メイドロボが人を好きになるとしても、ヒロを好きかどうか分からないじゃない。 だって、ヒロは一度も付き合っているという言葉を口にしなかったじゃない。

 もちろん本当は嫌だが、ヒロがセリオのことを好きだと言うなら、ヒロが選んだって言うなら、 私も身を引いてもいいと思う。でも……

 でも、ヒロのことを相手が好きじゃないんなら、私が身を引く理由なんて、これっぽちもないじゃ ない。そして、あかりが身を引く理由も。

 ヒロには、無理やりなんて無理だ。もし告白して断られたら、心の中はどうとは言えないが、 少なくとも態度ではあきらめるはずだ。しつこくつきまとうようなヤツじゃないものね。

 1番恐れるべきは、メイドロボがプログラムとして、愛していると言われれば、愛していますと 返す可能性だが、これも志保にはあまり恐くはなかった。そこ心がなければ、浩之が納得するわけが ないことを、志保は信じているのだ。

 確信は持てないけど……でも、試してみないと、私も納得できない。

「ちょっと、ヒロ」

「何だ?」

 志保は、びしっと扉を指差した。

「席外して」

「……はぁ?」

「席を外してって言ってるのよ。ちょっとセリオと1対1で話がしたいの」

「私とですか? どのようなご用件でしょうか?」

「それは、ヒロが部屋から出て、聞き耳をたてなくなってから教えてあげる」

「いきなりだな、お前は……」

 そう言いながらも、浩之は立ちあがった。

「じゃあ、セリオ。ちょっと俺は席を外すから、志保のその話とやらを聞いてやってくれ」

「はい、わかりました」

 浩之も、志保が今家を訪ねてきている理由が、セリオを対等に見るために、どうにかしようと して来ているのを知っているのだ。もし、浩之が席を外して、セリオと志保が何かしらの話をして、 志保がセリオのことを対等に見るようになれば、それぐらい安上がりなものだ。

 もっとも、浩之には志保の本当の本位は読めていない。志保が浩之のことを好きだという、1番 肝心な情報を知らないのだから、当然なのだが。

「じゃあ、俺は2階にあがってるからな」

「聞き耳たてたら承知しないからね」

「へっ、誰がんなことするかよ」

 正直に言うと、どんな話をするのか聞いてみたいところだが、そういうわけにもいかない。それで もし志保がへそをまげてしまったら意味が無くなるのだ。

 それに、もし教えてもいい話なら、後からセリオが教えてくれるだろう。

 浩之はそう思いなおし、部屋から出て、2階の自分の部屋にあがっていった。

 志保は部屋から身を乗り出して、その姿が2階に消えるまで確認すると、部屋に入って扉を閉めた。 浩之が聞き耳をたてるは思っていないが、保険はかけておくにこしたことはない。

 もし聞かれたら、志保は明日から浩之と顔を合わせられなくなることだってあるからだ。

「さて、ヒロはちゃんと2階に上がったようね」

「はい、浩之さんが下りてくる足音もしません。2階からではここの会話の内容は聞こえないと 思われます」

「案外冷静ね」

 志保は、少し皮肉を込めて言ってやった。普通の人間なら、あまり親しくもない相手に話がある と言われて、二人きりになれば落ちつかないものだ。

「浩之さんが志保さんの言う事を聞いたということは、それに必要性がある、または、害がないと 判断したからだと私は判断しました」

「何かかわいげないわね、あんた」

「はい、どうしてもマルチさんなどと比べると、私には愛嬌やかわいげというものは劣ります。 そうプログラムされているので仕方ありませんが」

 しかし、そう言うセリオの表情は、まったく変化なかった。本当にそう思っているのかどうか さえ志保には判別がつかない。

 まあ、そんなことはどうでもいいのよ……

 志保はさっさと本題に入ることにした。

「それで、ちょっとセリオに聞きたいことがあるんだけど」

「はい、お答えできる範囲では、知る限りのことをお答えします」

 その言い方にはよどみがない。まるで、その言葉を事前に何度も練習したようになめらかだ。 人間に似ているどころか、人間よりもこういうところは高性能なのかもしれない。

 よくできてるけど……でも、単によくできてるだけなの? それとも……

 どちらにしろ、それは志保のたった一つの質問で分かるはずだ。何せ、自分でも初めてのことを 口にしようとしているのだ。

 それは口にするのははばかられるが、言えば、絶大な効果を得ることは間違いなかった。

 まずは、それよりも先にヒロに対する好意の確認ね。

 ちゃんとそこを理解した後でないと、単に自分の秘密を教えてしまっただけというバカらしい 結果におちいることもあるのだ。志保でも慎重になろうというものだ。

「じゃあ聞くわよ、ほんとに、正直に答えてね」

「はい、わかりました」

 志保は、少し呼吸を整えてから、聞き間違えられることのないように、一字一句はっきりと発音 しながら言った。

「あなた、ヒロのことが好きなの?」

 

続く

 

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