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銀色の処女(シルバーメイデン)

98

 

「あなた、ヒロのことが好きなの?」

 表情こそ変わらなかったが、志保から見れば、初めてセリオに反応があった。

 それは、セリオにとっては驚いた反応だったのだろうか。しばらく動きを止め、何かを思案し ているようにも見える。

「はい、浩之さんのことは好きです」

 返ってきた言葉が、少し淡白だったので、志保はちょっと苦笑いをした。

 それは、セリオが志保の真意はともかく、少なくとも聞いたことの真意はわざとはぐらかして、 違う意味に取っているように見えたからだ。

「それ以前に、私達メイドロボは人間の方のことを……」

「ストップ!」

 セリオの言葉を、志保は止めた。次の言葉が予測できたし、だいたい今知りたいのは、そのこと ではないのだ。

 どう見ても、うまく口ではぐらかそうとしてたわよね。

 これがもしプログラムのなせる技だとすれば、かなり高性能なメイドロボだ。人間でもできない 者がいるというのに、それを苦もなくやってのけるのだから。

 でも、残念ながら、私にはそんな逃げに付き合ってやる義理はないのよ。

 ここに志保とて遊びに来ているわけではないのだ。多少はぐらかされたところで、はいそうですか と納得できるのなら、そもそもこんな場所まで来ていない。

「人間の方のことを嫌いにはならない、とでも言うつもり?」

「はい、そうですが、何か支障がありましたでしょうか」

「大ありよ」

 ほんと、かなり白々しいわね。

 セリオの、その変わることのない表情を、志保は半眼で睨んだ。表情を作るのにはおそらく別に 意識を向けなくとも、変わることはないのであろうが、今回に関しては、そのポーカーフェイスも何 の役にも立っていないと言わざるを得ないだろう。

 変な話なのだが、セリオにとっても、それは触れられたくない内容なのだろう、と志保は考えた が、それだと余計に志保の頭の中は混乱した。

 何で、メイドロボがそれを避けたがるの?

 例えば、志保が浩之と付き合ったとして、志保は付き合ってもおそらく恥ずかしさから、それを いつもは隠すようにするだろう。あのあかりでも、浩之と付き合ったとしても、聞かれればすぐに 答えたりはしないとは思う。

 しかし、何故メイドロボであるセリオがその話を避けるのかが、志保にはまったく分からない。

 男と女という意味で、好きかどうか聞かれれば、好きか嫌いかはっきり答えればいいのだ。 本人に聞かれたくなければ、「浩之さんには言わないでください」と言って、その了承を取ってから 言えばいいだけの話だ。

 それより何より、はぐらかすのって、嘘と一緒だと思うんだけど。メイドロボは、嘘もつけるの?

 志保にはさっぱり分からないことだらけだったが、それは今に始まったことではなかったので、 志保は意識的に現段階ではそれを無視することにした。

 とりあえず、セリオからちゃんとした答えを聞かないと……

 全ては、その後理解しても遅くはないだろう、と志保は思った。というより、今志保に理解できる ギリギリの線までは理解しているのだ。これ以上はどうにもならない。

「私が聞きたいのは、セリオが、ヒロのことを、男として愛してるのかどうかよ」

「……申し訳ありません。質問の内容が理解できません」

 志保は、どこか必死でそう話を避けようとしているセリオに、むしょうにはがゆさを覚えた。 まるで、自分から浩之を自分のものとしないあかりに感じるように。

「……いいかげん、はぐらかすのは止めにしたら?」

「……」

 セリオが押し黙ったのを見て、志保は自分の感じていたものが正しかったのを確認した。

 何故か、セリオはその話を避けようとしているのだ。

 これで、セリオがヒロのことを好きじゃなく、単に利用しているだけで、しかし、返答するには 嘘が言えないので話をはぐらかしてるってなら、筋も通って分かりやすいのに……

 何より、セリオがいわゆる「悪女」なら、私もこんな会話なんて続ける必要がないのに。

 志保はこのときつくづく思った。敵がはっきりしているときに楽なことはないのに、と。

 少なくとも、志保にとって、セリオはライバルではあっても、敵ではないのだ。敵ならは、敵を 倒せば済む話なのに、敵ではないから、話はややこしくなっていくのだ。

「……お話の……内容がつかめません」

 それでも、セリオはまだ話をはぐらかそうとする。

「あんたねえ……」

 志保は、何故か腹はたたなかったが、やはりはがゆいと思った。何故、こんなに私のまわりには はがゆい者しか集まらないのだろうか。

 おそらく他人から言わせれば、志保はかなりはがゆい部類に入るのだが、それは本人にはわから ないことだ。

「いいかげん、あきらめて答えないよ。何が理由ではぐらかしてるのか知らないけど……」

 しかし、理由はどうあれ、この調子では、セリオはぜがひでも会話をはぐらかそうとするのでは と志保も感じ始めていた。

 さして親しくもない相手にそんなことを言う義理はセリオにはないだろうが、志保には今セリオ から真意を聞く権利があるのだ。当事者の一人として。

 正確に言えば、当事者になるのを避けるために。

「どうしても、言いたくないってわけね」

「……ですから、お話の内容が理解できません」

 無表情なのに、志保にはセリオがおどおどしているように見えた。口調も何も抑揚がないのに、 最初と比べると力がないように感じる。動じていないとは、絶対に言えない態度だ。

 これは、いよいよ仕方ないだろう。

 セリオにも、何かきっかけがないと、それを口にすることは無理なのだろう。

 志保はそう思って、自分も覚悟を決めなくてはと感じていた。

 今まで、一度も口に出したことのない言葉を、志保は頭の中で思い描いていた。

 頭の中では、一体何度考えただろうか。言いそうになった場面も、結局言わなかったので志保 自身もいくじなしだとは思うが、何度かある。

 でも、それを聞かせるのがヒロ本人じゃないのが、唯一の心残りで、唯一の救いよね。

 最も効果的な言葉になるはずだった。少なくとも、セリオが少なからず浩之のことを好いている ならば、聞き流すことなどできない言葉だ。

「私は……」

 志保は、一口目を言いかけて、少しだけ思いなおして、言いなおした。

「私『も』、ヒロのことを愛してるわ」

 誰のために複数形にしたのかは、志保本人もはっきりとは分からなかった。まだ、セリオが浩之の ことを好きかどうかも完全に判別がついているわけでもないので、それはあかりのためだったのかも しれない。もしかすれば、もっと他の女の子のことも含まれていたのかも知れない。

 ただ、ここは複数形なのだ。それは、おそらく沢山いるだろうから。

「だから、聞いておきたのよ。ほんとに、あんたがヒロのことを好きなのか」

「……」

 セリオが、どこか悲痛な表情をしたのは、志保の気のせいだったのだろうか。

「何であんたが、話をはぐらかしてるのかは私は知らないわよ。でもね、ヒロは言ったのよ。 セリオが好きだってね。それに対する答えは、するべきでしょ」

 好きな相手に好かれて、それが嫌なわけがない。まして、今回は好かれた相手が、浩之という 他の女の子だって、本当は絶対に手に入れたい相手だ。

 セリオがその答えを避ける理由が、志保には浩之のことを好きではないからとしか思いつかない のだ。それならば、答えたくはないのかもしれない。

 しかし、浩之のことを好きなら、そのどこか悲痛な顔は何なのだろうか。話をはぐらかす理由は どこにあるのだろうか。それは決して、恥ずかしがっている態度ではないはずだ。

 そして、志保の目が確かなら、セリオは浩之のことを愛している。

 要領を得ないことこの上ないのだ。

 ヒロが好きだということを口にするのが苦しいのは、セリオではなく自分のはずなのだ。何故なら、 私のは絶対にかなうことがないから。

 志保はそう思っていた。なのに、セリオは志保より苦しそうなのだ。

「答えて」

 しかし、その姿が悲壮感にあふれていても、苦しそうでも、志保もここでこの話を無かったこと にすることはできないのだ。志保も志保で必死でここにいるのだから。

「私は……」

 返ってくる答えは、予想はつく。これはけじめだ。自分が、もう本気でヒロをあきらめるための。

 なのに、苦しむべきは私なのに、どうしてセリオが苦しんでるの?

「私は……浩之さんのことを、本気で愛しています」

 愛しているなら、何でそんなに辛そうな顔をするのよ?

 無表情なのに、その顔は引き裂かれんばかりに苦しんでいた。

「ですから、私にはすごく苦しい」

 

続く

 

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