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銀色の処女(シルバーメイデン)

105

 

 浩之が冗談を言っているのではないということは、浩之の態度から分かっていた。話では不治の病だということらしいが、それだって素直に信じている。

 しかし、あかりは少しも怖いとは思わなかった。症状が曖昧すぎて、実感がわかなかっただからだろうか?

 いや、例え自分が不治の病だとしても、今目の前にいる男の子が味方であってさえくれれば、あかりは平気だった。

「……だから、何でそんなに嬉しそうな顔するんだ」

「だったら、浩之ちゃんと一緒だなと思って」

 びしっ

「あいたっ」

 にこにこするあかりの頭に、浩之は再度突っ込みを入れた。

「あのなあ、俺は冗談言ってるわけじゃねえんだぞ。何、一緒に病気になって喜んでんだ」

「だって、ちょっと嬉しかったから」

 少しきつめの突っ込みに頭を押さえながらも、あかりは顔が笑ってしまうのは止められなかった。浩之の行動一つ一つに、優しさがにじみ出ているのだ。あかりとしては、それこそたまらない時間なのだ。

「まったく、こっちは真剣に悩んでるんだぜ」

「ごめんなさい」

 あかりは素直に謝ったが、やはり顔は相変わらず笑ったままだった。

「誠意がこもってないぞ。せめて、そのにやけた顔何とかしろよ」

「そんなこと言われても……」

「……ったく、あかりといると調子狂うぜ」

 そう言いながらも、浩之の顔はどこか落ち着いていた。そう、二人が一緒になれば、調子が狂うことなどない。二人は、長い間、それこそ本当に長い間一緒にいた間柄だ。

 組めば、調子が狂うなどというものではない。組んでこそ、お互いの調子を出せるのだ。

「長瀬のおっさんから、『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』にそっくりの症状が報告されたからって来てみれば、ほんとにお前かかってるのか?」

「そう言われても、私自覚症状ないし」

「……というか、単なる風邪なのか?」

「うん、ちょっと昨日にシャワー浴びようとして倒れたけどね」

「危ねえなあ……」

「お母さん慌てるし、大変だったんだよ」

 あのひかりが慌てるところは、浩之には想像できないが、さすがに子供が倒れたら母親なら慌てるだろう。

「今は大丈夫なのか?」

「たまに偏頭痛に襲われたりするし、今も立つとフラフラするけど、それぐらいかな」

「熱は?」

「昨日はともかく、今日はあんまりないかな。まだ頭痛はあるけど」

 これだけを聞けば、確かに風邪の症状と言われれば、納得できる程度の症状だ。

「これって普通の風邪だと思ってたんだけど」

「俺も聞いただけじゃあそう思うぜ。多分、医者とかに言わせると色々あるんだろうな」

 残念ながら、浩之は医者ではないので、詳しいことは少しも分からない。

 しかし、浩之のどこか理性とは違う部分が、あかりが『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』にかかっているだろうことを認めていた。

 そして実際問題として、浩之はあかりの鋼鉄病を治しにここに来たのだ。自分の鋼鉄病を治してもいないのに。

「まあ、俺には分からないでも、医者がそう言ってるのなら、かかってるんだろうな。しかし、その場合理由がよく分からないんだよな」

 浩之は自分の胸の痛みの理由を理解しているし、覚悟もしていた。予想していなかった出方をしたものの、それは鋼鉄病のせいだというのは容易に想像がつく。

 だが、あかりには、俺と関わったということしか、理由が思いつかないのだ。朝は一緒に学校に行くし、学校でも同じ教室にいるし、よく帰りも一緒に帰る。しかし、その中で変わったことは、浩之の記憶にはない。

 変わったことがあったのは、自分であって、あかりではないはずだ。そして、鋼鉄病にかかったのも、自分のはずだった。

「『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』は、メイドロボを愛さないと起こらないはずなんだよ」

「でも、私メイドロボを愛した記憶はないよ」

「そんなの知ってる。だいたい、あかりが好きになったらレズだろうが」

 メイドロボに性別の関係があるかどうかは別にして、基本的にメイドロボは介護を考えて姿形は女性に作ってある。となると、あかりが好きになるのはやはりおかしいだろう。

「レズって……」

「その前に、あかりはメイドロボと接する機会なんてほとんどないはずなんだよなあ」

「うん、最近会ったメイドロボと言ったら、マルチちゃんかセリオさんぐらいだよ」

「そうか、マルチもいるな……まさか、あかりお前……マルチを狙ってたのか」

「あのねえ、浩之ちゃん」

 あかりは、大きくため息をついた。これで真面目だと思ってもらおうというのだから虫がいい。もっとも、あかりは浩之が十分真面目だとは思っているが。

「マルチちゃんは子供には欲しいかなと思うけど」

「……それのせいか?」

 浩之の記憶では、セリオは子供として接しても起こると言っていたはずだ。となると、あかりはマルチを子供として愛したから?

 しかし、どうも納得できなかった。あかりが昨日今日マルチを子供に欲しいとか思ったわけではないのだ。子供に欲しいというのも、聞かれたから答えたという感じで、実際にずっと考えていたわけではあるまい。

 だいたい、それなら今である必要はない。もっと早くに鋼鉄病にかかってもよさそうなものだ。それが、何故今なのだ?

 要因は、やはりマルチではなく、セリオなのか?

「なあ、あかり。セリオをどう思う?」

「どう思うって言われても……マルチちゃんとはえらく違ってすごい高性能なんでしょ?」

「マルチと比べると、誰でも高性能だけどな。それは別にどうでもいいんだ。あかりがマルチに思うようなことは、セリオには思わないのか?」

「う〜ん」

 あかりは少しの間首をひねって答えた。

「思うもなにも、私まだあんまりセリオさんのことよく知らないから」

「……そうだよなあ」

 『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』にかかるには、一度メイドロボのことを認めようとしなければいけないのだ。その過程がない限り、鋼鉄病にかかったりはしないはずだ。

 だが、あかりには、マルチにはそれだけの時間があったとしても、セリオに対してはそんな時間さえないはずなのだ。

 劇的な理由があった浩之ならともかく、または今まで親友としてやってくるだけの時間があった綾香などならともかく、あかりが『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』にかかる原因が、またく分からない。

 いや、原因というより、必然性がそこにないのだ。鋼鉄病は普通の病気とは違う。ちゃんとした必然性があって生まれるものだ。しかし、そこには必然性は少しもない。

「というか、『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』がメイドロボ全体に対するものなのか、個人に対するものなのかもよく分からんな」

 知っている少ない情報量から、鋼鉄病の原因を突き止めるまでのひらめきを持つ頭でも、やはり情報として分からない部分はどうしようもなかった。

 おっさんはうつったことなんてないと言ってたが、だったら何で俺が『鉄色の処女症候群(アイアンメンデンシンドローム)』にかかった直後に、あかりがかかるんだよ。

 自分からうつったという方が、治す方法はともかく、理由ははっきりするのでまだ気が楽だった。原因も何も分からないものには、残念ながら、手を出しようがない。

「他にセリオに思うことは?」

「えーと、えーと、そうそう、浩之ちゃんとお幸せにかな?」

「それは思うことじゃねーだろ」

 しかし、あかりとセリオの接点など、自分ぐらいしかないのだ。

 ……俺か。

 浩之は、いつもはほとんど寝ている頭をめぐらせた。

 あかりとセリオをつなぐ接点は、俺しかない。

 だったら、うつったというのはおかしくても、俺が何かしらの要因を作ったということはないのか?

 まだ答えは出てきそうにはなかったが、良きにしろ悪きにしろ、浩之の頭が動き始めていた。

 俺のせいか?

 まったくそれが何かも分からなくても、浩之は唯一の手がかりであるそれを手にした。

 俺のせいなのか?

 俺のせいなら……

 浩之は、自分を悔いるなどということを考えなかった。今回のことは、結局避けきれなかったことなのだと割りきった。だったら、その後処理に力を入れるべきなのだ。

 俺のせいなら、何とかできるはずだ。

 

続く

 

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