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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 そこまでの話を総合すると、志保は浩之が『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかっていないと考えた。

 でも、ヒロは、胸が痛いと言ってた。

 ということは、やっぱりヒロは『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかっているの?

「あの、何か?」

 志保の疑問の言葉に、セリオの表情が、いつもの無表情に変わる。だが、その雰囲気には、確かに不安がにじみ出ていた。

 おっと、そういやヒロは胸の痛みのことはセリオに話してなかったって言ってたわね。

 というか、それを隠すためにかなりの努力をしていたのだろうから、セリオが知らないのも無理はないかとも思えた。

 それにしたって、普通気付かない?

 浩之の話によると、普通は耐えることもできないような痛みに襲われるらしいのだ。それならば、一緒に暮らしていれば気がついてもよさそうなものなのだが。

 ま、それだけヒロが全力で隠してるとも取れるけど……

 だいたい、最初から精神病で胸が痛くなるなど、志保にはどうしても理解できないのだ。ここまでの話を聞いて、セリオの反応も見て、それでも浩之の胸の痛みは何かの心臓病か何かだと思っているほどだ。

 まったく、何でこんなつかみ所のない話を私が考えなくちゃいけないのよ。

 もう、まったくかかわっていないという状態になってはいるが、志保にはまだ完全に今の状況をつかみ切れていないところがあった。

 もっとも、今の状況を誰が全て理解できているのかは分からないが。

「ちょっとね、私の理論も強引かなと思って、粗を探してるのよ」

 ただ、とにかくヒロが隠そうと努力してきたことだもの、私がばらすわけにもいかないわね。

 他人の秘密は3秒ともたずばらすと思われがちな志保だが、時と場合の区別ぐらいはつける。特に、今は自分の好きな人のことがかかわっているのだ。

「でも、自分がそんな病気にかからないと思うなら、ヒロはそう言うだろうし」

「そう……ですよね」

 表情はやはり変わらないが、みるみるセリオは落ちこんできているように見えた。しかし、志保もただぬか喜びをさせるわけにもいかないのだ。それに、この話を続ければ、そう遠くない時間にボロを出しそうだった。

 ……にしても、ヒロらしくないわね。

 自分がメイドロボに劣等感を抱いたりしないと浩之は思わないだろうことは、志保には予測がつく。口ではどう言え、浩之は自分のことをあまり高くは見ていないのだ。

 むしろ、浩之が胸の痛みのことを隠していることが、志保には浩之らしくないと思えた。言い方は悪いが、全てをぶっちゃけてしまうのは、志保よりも浩之の方が多いのだ。

 そう、ヒロらしくなく、気を使っている。

 もし、志保が同じ状況になったら、浩之がそれを秘密にするかどうかは、確かに微妙なところではあるが、志保相手なら、二人で解決しようとするのではないかと思えた。

 そういう意味では、あかりの場合も同じはずだ。

 ……ヒロ、思った以上に、セリオを信頼してない?

 セリオがどこまで信頼できるものを持っているのかは知らないが、少なくとも、浩之があてにしていないことだけはそれで予想がつく。

 ただ、女の子を助けて喜ぶようなヒロじゃない。だったら、今回も、女の子を助けるのではなく、あくまで力を貸せばいいのだ。それを、がらにもなく一人で解決しようとするから、無理が出てくるのだ、と志保は思った。

 ……いっそのこと、ここで私がばらそうか。

 志保は、そんな誘惑にかられていた。単純に言えば、何か面白くないのだ。セリオがそこまで気を使われることに、嫉妬していると言われても言い返せはしないが、確かに志保は面白くなかった。

 それが、セリオに対してのものなのか、それとも他のものに対してのものなのか、それはさっぱり分からないが、少なくともその浩之の行動は面白くなかった。

「ねえ、セリオ」

「はい、何でしょうか」

「……もし、ヒロに『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の症状が出てきたとして、あんたはどうするの?」

「……」

 また、セリオが凍りついたように動きを止める。

 さっきから、何か言っちゃいけないこと言ってるのかな?

 志保にはまだいまいち理解しきれていないのだ。メイドロボにとって、人間の役にたてないことが、そして人間の迷惑になることが、どれだけ辛いことかが。

「……私には、何もできません。ただ、そばにいるだけです」

 身を切られるような思いで、セリオは言った。何でそんなことを聞くのかと、志保に恨み言を言うようなことは、メイドロボであるセリオにはないが、苦しいことに変わりはなかった。

「何もできないの?」

「……はい」

 確認され、セリオはやはり身を切る思いで答えた。自分の人と話すときは目をそらすことができないのがうらめしいほどだった。

 セリオにとって、それは拷問以外の何物でもなかった。殺すならひとおもいに殺された方が、どれだけ楽だったことか。

 そう、このまま、消えれたらどんなにいいだろうか。でも、私にはそれはできない。浩之さんを選んでしまった私には、もう逃げることもできない。

 私には、もう何もやるべき道はない。ただ、浩之さんのそばにいるだけ。苦しみながらも、愛する人のそばに。

 徹底されていない決心と、ぐらついてばかりの感情を内に秘めたまま、セリオは今ここにいるのだ。とても悲しく、しかし、とても健気に。

 だが、志保にはそうは少しも見えなかった。少なくとも、それを健気などとはおもわなかったし、ましてや綺麗だなどとは、本当にこれっぽっちも感じれなかった。

 むしろ、思うのは浩之に対する疑問。

 ヒロは、本当にこんなのが人間よりも優れていると思ったの?

 実際、セリオの考えにどうこうは言わないが、純粋という部分では、他の要素が入ってしまう人間とくらべて、非常に純粋だと志保も思った。本心から、それを前提条件として人のためになりたいという者は、人間にはいない。

 だが、だからと言って、それだけで浩之がメイドロボを人間よりも優れていると言ったのは、志保は反論せざるを得ない。

 だって、ヒロみたいな魅力が、セリオからは少しも感じられないじゃない。

 見てみたい。志保は思った。

 見てみたい、セリオが、どうしようもない状況に置かれたときに、どんな行動を取るかを。

 それは、あまりに酷な要望だったのだろうか?

 だが、志保はそうは思わなかった。セリオには、その話を聞く権利があるはずなのだ。むしろ、志保から言わせれば、それを教えようとしない浩之にこそ疑問を持つのだ。

 愛しているはずの人を、ヒロは信用していない。

 信頼していいはずの人を、ヒロはまったくあてにしていない。

 それなのに、そんな信用もあてにもしていない相手を、何でヒロは愛してるなどと言えるのだろうか?

 それに比べれば、まだ私やあかりの方が信頼されているし、あてにもされている。少なくとも、私もあかりもただ助けてもらおうとは思ってない。

 私達は、ヒロと共に成し遂げようとする。間違いなく。

 志保は、ふつふつと涌き出る疑問の感情に、自らの行動をまかせたい気分になってきていた。

 ヒロとの約束は破ることになるけど。

 考えてみれば、自分が浩之との約束を破らなかったことなど、数えるほどしかないことに、志保は自分のことながら笑いそうになった。

 それだけ、ヒロに信用されてるってことね。

 すごい皮肉を込めてそんなことを考えてから、志保はセリオに向かって言った。

「ヒロはね、胸に痛みを持っているわ」

 セリオがどういう反応を示すのかには、志保はすごい興味があった。本当に、どうしようもない状況に置かれたときに、セリオがどういう行動を取るのかに、本当に興味があった。

 もし、ただ泣き崩れるようなら、志保は、本気で浩之を奪い返そうと思っていた。

 私なら、普通は泣き崩れるだけだと思う。

 でも、今はもう違っていた。そこに、助けてくれる者がいるから、力を合わせて闘おうと思えるのだ。

 セリオは、ヒロという味方を持っているのだから。

 

続く

 

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