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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「だって、私、浩之ちゃんのことが好きだもん」

 言った言葉は、二度と自分に戻ってきたりはしない。戻ってくるときには、それは同じ言葉では絶対に戻って来ないのだ。

 あかりも、後悔と、それ以上の何かに心を満たされていた。

「……あかり」

 浩之のあかりを呼ぶ声は、少しも固くはなかった。それは、まるで受け入れようとしているようにさえ感じる、優しい声だった。

 だが、あかりは自分が受け入れられないことをよく承知していた。あかりは極端な話、浩之が自分以外の女の子と付き合っていて、それでも自分にまで手を出してきても、あまり嫌ではないが、他の女の子や、ましてや浩之にとってはそんなことがいいわけないのは、よく心得ている。

「別に、だから何をして欲しいとか、そういうのはないよ」

 こういうあかりの態度が、「男にとって都合のいい女」に見えて、志保などは嫌いなのだろうが、あかりはそれこそが理想なのだ。

 『浩之ちゃんの都合のいい女』であり続けたいと、いつもあかりは思っているのだ。

 それが良いことかどうなのか、悪いことかどうなのか、そんなものにはあかりはまったく興味がない。ただ、あかりは浩之のことを好きになってしまった、それだけなのだ。

「……すまん、あかり」

「浩之ちゃんが謝ることじゃないよ。それに、それで文句を言うぐらいなら、まだ浩之ちゃんがセリオさんとどうこうなる前に告白してたよ」

 そう、今言えるのは、浩之の行動が完全に把握できるからだ。すでに自分が『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかっていることが分かっている以上、変な話だが浩之との関係が崩れることはないのだ。

 誰かを助けようとしてる浩之ちゃんは、他のものになんか目をくれない。

 今まで、関係が崩れるのを恐れて言えなかったことが、今はその危険が無くなったのだ。自分を助けようとする以上、浩之が自分に対して関係を壊すようなことはしない、とあかりは断言できる。

 ……それに、最初からふられることがはっきりしている方が、気持ちが楽だよ。

 曖昧さは全てを殺すのだ。はっきりしていることならば、覚悟も、努力もできるのだ。

「しかし、何を考えてるのか分かるって豪語してるわりには、俺もあかりの考えることが分からなかったな」

 そう言って浩之は苦笑する。確かに、薄々はそう感じてはいたものの、はっきりと言えるほどの確信は持てなかった。少なくとも、「ここからあかりは俺のことを好きになった」などとはっきり言うことは不可能だ。

「おかしなことじゃないよ。だって、私、ほんとに小さいころから浩之ちゃんのこと好きだったもん。いつも同じなんだから、浩之ちゃんだって気付くはずないよ」

 あかりはそう言って笑った。「浩之ちゃんを好き」という意識は、浩之にとってはあかりの基本意識の中に含まれているのだ。そして、それは本当に小さいころから、大きくなりこそすれ、形をまったく変えずにここまで育ったのだ。

「だから、私がセリオさんに劣等感を抱いても、仕方ないと思うよ」

「そうか……」

 しかし、それまで聞いても、やはり浩之にはどこか納得できない部分があった。それがどこかと言われると、やはり分からないのだが、それでも一度気になれば、それはついてまわる。

「それは……あかりが、俺のことでセリオに嫉妬してると思えばいいのか?」

「うーん、どうだろ?」

 あかりも、それに関しては首をかしげた。実際、まったくセリオに対して嫉妬がないわけではないが、それは浩之のことを考えれば、まったくささいなことなのだ。

「ちょっとはあるけど、あんまり私も気にしてないかも……」

 そして、あかりの返答も結局曖昧なものになる。曖昧さは全てを殺すのに、それから逃れるには、浩之は何かを見落としているようにしか見えなかった。

 ……もうちょっと掘り下げて聞くしかないのか。

 正直、あかりの口からこれ以上自分に関する気持ちを聞きたくはなかった。結局答えられないのに、あかりから愛の言葉を聞くのには罪悪感があったし、何よりどこか滑稽でならない。

 しかし、やるしかないのか。

 自分がいかに非常識なことをしようとしているかを自覚しながらも、浩之は止めるなどという選択肢を見出せなかった。

 非常識おおいにけっこう。やると決めたからには、石にかじりついてでもやってやるぜ。

「なあ、好きってのにも色々あると思うけどさ、俺に対するのは……」

「浩之ちゃんがセリオさんに対して言ってる『好き』と一緒だと思う」

 あかりは、少しの躊躇も無く答えた。

 あかりには、応えてもらえないことによる悲しみとか、そういうのはないのか?

 浩之としては、当然躊躇されるよりは、はっきり言ってもらった方が助かりはするが、平然と言ってくるあかりにもどうかと思った。

 あかりの心意は確かに分かる。何を考えているのか、それは確かに分かるのだ。

 あかりは、俺の手助けをしようとしてる。

 自分が助かるためではない。俺の、俺のために動こうと努力している。

 こういう部分が、あかりらしい行動だと浩之は思うのだ。

 いつもいつも、あかりは俺のために動こうとする。正直、俺としては少しうざったい部分もあるが、うれしいことの方が多い。

 こういうのが恋愛感情から生まれた行動なら、納得はいくな。

 今までは、理由などいらないとさえ思っていた。あかりと自分がいれば、二人は当然のように動く、それで十分とさえ思っていた。

 そう、忘れていたのかもしれない。物事には、理由のある行動というものがあるのだ。

「だったらだな、普通、嫉妬ぐらいはしないか?」

「もちろんするけど……浩之ちゃんは私が嫉妬に狂ってセリオさんを壊しに行ったりした方がいいの?」

「いや、さすがにその極論は困るが」

 あかりはクスクスと笑った。いつもならあかりのセリフは自分が言うべきところだ。その表情とは裏腹に、あかりもかなり無理をしているのかもしれない、と浩之は思った。

「もちろん、悔しいよ」

 しかし、あかりの顔は、少しも悔しそうではなかった。それどころか、その表情は嬉しそうでもあった。無理をしている表情ではないと浩之は思った。

「でも、浩之ちゃんが、きっとセリオさんを助けようとしただろうから。その結果、浩之ちゃんがセリオさんを選んだとしても、私は仕方ないと思う。だって、私には……」

 あかりは、悲しそうに笑った。何に向かって、悲しそうな表情をしたのかは、浩之にもはかりかねた。

 ただ、おそらくは、それはあかり自身に対してなのだろう、と浩之は何となくだが思った。

「私には、浩之ちゃんがかっこよくなっていくのを、止めたりできないよ」

 あかりだって、自分の行為がおかしなことだと思わなかったわけではないのだ。好きな人と結ばれることよりも、その好きな人がもっと魅力的になることを願っているなんて。

「浩之ちゃんが人を助けるのが、私は好きだから」

 でも、とあかりは逆説的に思った。

 でも、私は浩之ちゃんのそんなところを好きになったんだから、それは当然だと思うな。

「だから、私は、その手助けがしたい。少なくとも、浩之ちゃんが人を助けるのを、邪魔したりしたくない。例え男に都合のいい女って言われても、浩之ちゃんのためになりたい」

 浩之が今から何年、何十年生きるか分からないが、こんな愛の告白を受けることは二度とないだろう。こんな、情熱的だが、特殊な愛の告白を。

「浩之ちゃんのために、生きていたい」

 

『人のために』

 

 浩之の心の中に、その美しき銀色の処女の声が響いた。

 同じ音色で? いや、違う、彼女のは、もっと美しい音色。

 決して、人間には、あかりには出せない音色。

「分かった」

「浩之ちゃん?」

「分かった、あかりが『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかるのは当然なんだな」

 浩之の中で、バラバラだったピースの一つが、音をたてて組み合った。

「あかり、やっぱり、お前はメイドロボより劣ってるんだ」

 だから、その棘は、あかりに牙をむいたのだ。

 

続く

 

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