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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「あかり、やっぱり、お前はメイドロボより劣ってるんだ」

 今までほんの少しも整合性の合わなかったピースが、その部分だけぴったりとあてはまった。

 今の今まで、浩之はメイドロボを愛するという行為だけが、鋼鉄病を引き起こすものだとばかり思っていた。だから、どうしてもあかりが鋼鉄病にかかるのが納得いかなかったのだ。

 いや、もちろん理由は知っていたのだ。メイドロボを対等、またはそれ以上に見ることができないから、鋼鉄病にかかる。ここまでは理解していたと思っていた。

 だが、対等に見ようとする理由がそこにはなかったし、何より今までメイドロボ本人を愛した者はともかく、そのまわりの者が鋼鉄病にかかるなどという事例がなかったからわからなかったのだ。

「あかりがセリオを認める理由が、あるじゃないか」

「何?」

「俺だよ、俺の彼女だってことが、一番認める理由じゃないか」

 簡単なことだった。あくまで、あかりが浩之のことを好きだということがわかればの話だが。

 浩之には、ついさっきまでその情報は伝わっていなかった。だから、この考えにまで到達できなかったのだ。

「あかり、お前は、セリオを認めちまったんだよ。俺の彼女として」

 それは、あかりでなければ絶対に起きないことだった。浩之を好きになる子がどれほどいるのかは置いておいて、浩之を好きならば、絶対にセリオに嫉妬するだろう。

 浩之は知らないが、志保だってセリオに嫉妬したのだ。普通に考えれば、嫉妬しない方がおかしいとさえ言えるだろう。

 それどころか、「何でメイドロボなんかに」と思うのが当然である。志保でも最初はそう思っていたのだ。

 だが、あかりは違う。浩之が選んだのが自分ではなかったことに、確かに悔しさも感じたし、セリオにも嫉妬はする。

 しかし、あかりの目指した場所は、「浩之ちゃんのためになる」だった。だから、自分の気持ちなど置いておいて、祝福さえした。

 自分の気持ちを置いて? 違う、あかりは、自分の気持ちを再優先したからこそ、浩之がセリオを選んだことを容認したのだ。

 そして、浩之がセリオを選ぶことを容認した時点で、あかりはセリオを認めてしまったのだ。自分の大好きな人が選んだ、大切な人の彼女として。

「例えば、あかり、お前はセリオをけなせるか?」

「そんなことできないよ。だって、浩之ちゃんの大切な彼女でしょ?」

 確かに、そこには「浩之」という緩衝材があってこそ初めて、あかりはセリオを対等、いや、それ以上として見ようとするのだが、しかし、見ているのには違いないのだ。

「それだ、それがあかりが『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』になった理由だ。そうやって、セリオを認めたからだ」

「でも……どうしようもないよ。浩之ちゃんの彼女を、単なるメイドロボだと思えって方が無茶だと私は思うけど」

 あかりもかなり無茶なことを言っているのだが、あかりにしてみれば、それこそが正しい行動なのだ。少なくとも、あかりはそう信じている。

 しかし……ということは、あかりにでもメイドロボを本当の意味で対等に見ることはできなかったのだ。

 その点だけで言えば、浩之には気のめいる話だった。

 浩之の知り合いの中では、実はあかりに一番期待していたのだ。一番劣等感など、負の感情から遠いと思えたあかりでさえ、この調子では、今の段階では誰もメイドロボを本当の意味で認めることは無理なのかも知れない。

 気がめいる現実だが、浩之はだからと言ってそこでただへこんでいるわけにはいかなかった。

 俺については、おそらくもう手遅れだろうが、あかりならまだ助かる可能性があるかも知れない。いや、そう信じる。

 浩之は、確かに『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』を治す方法を探ってはいるが、自分がこのままそれを引きずったまま生きることを、覚悟もしていた。

 そんな覚悟は、セリオの後を追いかけたときから終わっている。

 痛みにゆさぶられても、他の女の子に告白されても、それは揺れるものではない。浩之の決意は相手が強大であればあるほど、強く、硬くなっていくのだ。

 そして、同じように、あかりを助けることは、浩之の中で強く、硬くなっていくのだ。

 俺はもうだめだろう。だが、あかりだけは助ける。

 メイドロボとはまったく違う、「人のため」ではない、「自分のため」に人を助けるその意思と行動。それは、まさしく一点の濁りもない自分の欲求。

 その姿に、その力を宿した表情に、あかりが見ほれてしまうのは、仕方のないことなのだ。あかりの瞳には、そのときの浩之は、本当に魅力的に写るから。

 だいたい、あかりが『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかった理由はわかった。おそらく、間違ってはいないだろう。

 というより、今の情報では、それ以外の理由が考え付かないのだから仕方ない。持っている情報でどうにかして解決策を見出すしか手はないのだ。

「とりあえず、解決策を考えるか」

「うん、でも、私にはまだちょっとその病気がつかめてないんだけど」

「……まあ、仕方ないだろ。俺も完全につかんでるわけじゃないからな」

 だが、結果として精神病に冒されるということだけはわかっているのだ。避けねばならないのは明白だった。

「問題はいたって簡単だ。お前が、セリオを本当の意味で対等以上に見れるようになるか……ってこれは抽象的すぎて、言ってる俺でもどうしたらいいのかわからないんだけどな」

「それじゃどうやっても無理だよ」

 あかりが、まるで他人事のように苦笑しながら言う。

「てめえのことだろ、もうちょっと真面目な顔して聞きやがれ」

「そんなこと言っても……」

 あかりは別にふざけたいわけでも何でもない。浩之が自分のことを考えてくれるのは本当に嬉しいし、浩之が助けてくれるのなら、努力してこの病気を回避しようとも思う。

 だが、実感がわかない上に、あかりにはこれと言ってやれることがないのだ。情報も少ないので、何か手を考えるということもできない。

「やれることならするけど、何をしていいかわからなかったら、何もできないよ」

「まあ、お前の気持ちもわからんでもないが、一応、一つ解決策らしきものを思いついた」

 そう言って、浩之は真面目な顔になる。それにつられるように、あかりも表情を引き締めた。浩之が本気になったことぐらい、あかりにはすぐにわかるのだ。

 浩之ちゃんが真面目な顔になるということは、その解決方法が、危険か、または問題のある方法なのだろう、とあかりは心の中で理解していた。

 そして、あかりは浩之のことを見る目だけは、確かだった。

「俺と、あかりを切り離すんだ」

 苦渋の決断、というほどのことでもない。浩之としては、それに心を痛めこそすれ、そこまで最悪の方法だとは思っていない。それが、おそらく一番効率的だと思っただけだ。

「あかり、俺を憎め」

 それは、本当に、まったくどうしようもないくらいに、できない相談だった。

 

続く

 

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