作品選択に戻る

銀色の処女(シルバーメイデン)

111

 

「あかり、俺を憎め」

 それは、実に簡単に思いつく方法だった。あかりは浩之がいるからこそ、セリオを認めるのだ。浩之が原因である限り、もし、浩之があかりの中で認めれない相手になれば、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかることなどなくなるのだ。

 問題は、本当に簡単に解決する。

 解決する、なんて、二人とも思っていない。

 そんな現実不可能なこと、やれるわけがないのだから。

「そんなこと、できるわけないよ」

 あかりは、静かな声でそう答えた。悲しい顔をするわけでもないし、怒るわけでもなかったが、はっきりと言った。

 できるわけがないことを、浩之はここ数日何度も口にしたが、今の言葉は、その中でも特別できない話だった。

 そう、できるわけがない。あかりに、そんなことは絶対に。

「できなくてもするんだ」

 浩之は、やはり怒るでもなく、悲しい顔をするでもなく、はっきりと言った。

「まだお前の『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』はそんなにひどくはないみたいだけどな、そのままで済む保証なんてどこにもないんだよ。俺みたいに、胸の痛みに苦しむかもしれない。今が単なる風邪みたいだからって、そのままじゃどうにもならないだろ?」

「でも、だからって浩之ちゃんを嫌いになるなんて嫌だよ」

「嫌だろうが何だろうが、仕方ないだろ。あかりだろうと、俺だろうと、メイドロボを対等に見れるわけないんだからな」

 鋼鉄病を避ける方法は、最初からメイドロボを対等に見ようとしないか、または心の底からメイドロボを認めるしかないのだ。そんなことは、人間にはできない。

 しかし、できないことで言うのなら、あかりが浩之を嫌うことは、もっと無理だと言えるだろう。あかりにとってみれば、浩之を好きなことは、行動全ての前提なのだ。

「……だったら、俺が、ここであかりが俺のことを嫌いになるようなことをしたら、嫌いになるんじゃないか?」

「そんなの無理に決まってるよ。浩之ちゃんが、そんなことできるわけないもの」

 あかりからすれば、浩之の行動は読めるし、例え浩之がどんなことをしても、地獄までついていくつもりなのだ。もっとも、浩之が他の女の子のことを好きになった以上の苦しいことなど、あかりには浩之が死ぬことしかないだろうが。

 それに、あかりは信じていた。少なくとも意識的には、浩之はあかりの本当に、嫌いになるほど嫌がることなどできないにきまっているのだ。

「あのなあ……俺も男だ。あかりが俺のことを好きだと言うなら、いきなり性欲に負けてお前を襲うかもしれないんだぜ」

「でも、それで私浩之ちゃんを嫌いになったりしないよ」

 確かにセリオには悪いとは思うし、いつもの「優しい」浩之とは行動は違うが、むしろここで浩之に襲われても、あかりにとっては、嬉しいぐらいだ。

 ここで、「浩之ちゃんはそんなことしないよ」と言わなかっただけ、あかりは前に進んでいた。もう、告白してしまった後なのだ。それが聞き届けられるかどうかは別にして、あかりは隠す気など少しも無かった。

 そう、気にするほどのことではないのだ。確かに、浩之はすでにセリオを選んでいたが、だからと言ってあかりの気持ちが変わるわけでもないのだから。

「まるで俺に襲えといわんばかりの言い方だな」

 浩之はそう言って、ずいと一歩前に出たが、あかりは表情一つ変えなかった。それはたちの悪い冗談であっても、あかりにとっては真実ではなかったから。

 まったく、動じる様子のないあかりを見て、浩之は大きくため息をついた。

「あのなあ……もう少しはあわてたらどうだ?」

「あわてる理由もないし。浩之ちゃんにはそんなことできないよ」

「真実だが、言われると何か腹立つな」

 浩之はそう言うと、あかりのほっぺたをひっぱった。

「このこのこのこの」

「痛い痛い痛いっ」

 あかりが涙目になるほど強くひっぱってから、浩之は満足したように手を放した。

「ほら、これでどうだ?」

「痛かったけど、これぐらいのことじゃ私は負けないよ」

 と言って、うるんだ目でほっぺたを押さえながらあかりは笑った。

 その笑いに呼応するように、浩之は半笑いの顔をつくり、大きくため息をついた。

「まあ、お前に何言っても無理なんだろうなあ」

「そんなこと言っても、浩之ちゃんだって、セリオさんを嫌いになれって言われてもなれないでしょ?」

「俺のは相思相愛だからな。だけどお前のは……」

 浩之は、言葉を濁した。確かにセリオを選びはしたが、だからと言ってあかりを邪険に扱う気にはなれなかった。メイドロボが嫉妬をするのかどうかは知らないが、もしセリオに嫉妬されても、あかりとの付き合いを止めることはないだろう。

「でも、私のこと嫌いになれって言われても、浩之ちゃんにはできないよね?」

「そりゃそうだが……って、何言わせる」

 あかりと浩之は、もう長い間の付き合いだ。それは、すでに兄妹、または姉弟のようなものなのだ。いや、血がつながっていない分、それはより深くまで混ざり合えたのかもしれない。

 二人が恋人にならなかったのは、あまりにも長い時間一緒にいたことと、単にその機会がなかっただけの話だ。セリオの話がなければ、最終的にはあかりと浩之は結婚していたろう。少なくとも、あかりにその気がある以上、浩之もその可能性を認めないわけにはいかなかった。

 それに、あかりにとっては浩之は全てだが、結局、浩之にとっても、あかりは本当に大切な者の一人なのだ。それはセリオと比べても、遜色はないと思えるほど。

 だからこそ、嫌われてでもあかりを守ろうとしたのだが、考えてみる間でもなく、あかりにもできることとできないことがあるのだ。

「それを聞けただけで、私は幸せだよ」

「……何か誘導尋問にひっかかったような気がするぜ」

「大丈夫、セリオさんにこのことを言ったりしないから」

「あのなあ……」

 めずらしくあかりに主導権を取られたが、浩之はそれこそ苦笑するしかなかった。あかりは確かに浩之には甘いが、浩之も浩之で、あかりには甘いのだ。

「大丈夫、浩之ちゃん。私のことは置いておいても」

「てなあ……俺が、お前をそのままにして家に帰れると思ってるのか?」

 「あかりの中の浩之像」というものを聞く限り、そんなことは絶対にできないだろうし、そして、実際浩之はそんなことを許すつもりなど少しもなかった。

「最終的には、もちろん浩之ちゃんを信じてるよ。浩之ちゃんなら、全ての問題を解決してくれると思ってるよ」

「いや、あんまり過剰に期待されても困るんだけどな」

「期待じゃなくて、信頼だよ。私の、浩之ちゃんに対する」

 この世界で、一番信頼している相手に、人生を預けても、あかりは少しも怖くなかったし、後悔もしないと思った。

「浩之ちゃんは、今目の前にある一番大きな問題を解決するべきだと私は思うの。他の女の子にうつつを抜かしてる暇があったら、本命の女の子のそばにいてあげるのが、一番いいと思うの」

「お前、この胸の痛みのこと知ってるんだろ?」

「でも、浩之ちゃんは、最後になれば負けたりしないよね」

 あかりは、本当に信頼しているのだ。浩之は確かに辛い目にあうかもしれない。しかし、それを浩之自身が選んだのなら、あかりは止めたりしない。

 彼を手助けはしても、彼を止めたりしない。

 だって、私は浩之ちゃんを世界で一番知っている。

 一番知ってる私が言うんだから、間違いない。浩之ちゃんは、この世界で一番かっこいい。

 そのためなら、自分の身を犠牲にしてもいいと思えた。そう、美しき銀色の処女達のように、彼のために自分の全てをささげたかった。

 それを受け取ってくれるかどうかは、難しいところではあるけれども。

「まず、浩之ちゃんはセリオさんとの間のことを、全部解決して。そうすれば、きっと私の病気なんて、朝飯前になってるよ」

「……あかり、お前」

「私がそれまで犠牲になるって思ってるなら、大間違いだよ。だって、私は、浩之ちゃんの役にたつことが、すごく嬉しいんだもん」

 浩之は、あかりのこと全て理解してると、今まで思っていた。しかし、今日はもう2回も、浩之はあかりを見誤っていた。

 それはきっと、あかりが魅力的になってるせいだな。

 浩之は、素直にそれを認めた。

「あかり」

「なに?」

「お前、もしかしたら、メイドロボに劣ってないのかもな」

 それは、聞いているものにどう言われようと、今浩之が言える、最大の賛辞だった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む