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銀色の処女(シルバーメイデン)

112

 

 志保はイライラしながら浩之の帰りを待っていた。

 ……遅い

 浩之があかりの見舞いに行って、まだ30分ほどしかたっていないのだから、そんなに遅いというほど遅いわけではないのだが、志保には時間など関係なかった。

 早く、ヒロに言わないと。

 浩之の胸の痛みが、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』のせいではないという考えが出てきたのだ。

 まさか、浩之が心臓病だとは志保も思わないが、しかし、「もしかして」という可能性が出てきたのだ。見過ごすわけにもいくまい。

 というより、もし鋼鉄病のせいでないのなら、早急に手を打たなくてはいけないし、そして早急に手をうちさえすれば、問題は一気に解決する可能性だって出てくるのだ。

 浩之が、もしも心臓病のたぐいであれば、不治の病というのは現代ではあまりないはずだ。あったとしても、昨日今日と元気だった人間が、いきなり胸に病気を持つということはそうないだろうと志保は思っていた。

 自分の無知で知らないということも考えられるが、ヒロが胸の病気をしたことなんて一度もないし、何よりそんなそぶりだって一度も見せたことはないし。

 何より、いくら世の中ままならないと言っても、そんなに不幸が連続で起こるような不条理なことはないはずだ。

 状況が状況なだけに、セリオのことがまったく関係ないということはないだろうと志保も思っていたが、それでも『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』ではないというのは大きな収穫になるだろうことは疑いようがなかった。

 もちろん、私も嫌ではあるんだけど……

 問題が一つ解決するたびに、セリオと浩之の間がつまっていくのだろうと思うと、やるせない気持ちにもなるが、それは仕方のない、そして無視しなければいけないことだった。

 どうせ、中途半端な障害なんて、ヒロを調子づかせるだけだしね。

 目の前に問題が起きたときほど浩之は強くなるのだ。それが中途半端なものなら、それこそ嬉々として解決してしまうだろう。

 ……ま、実際問題、ものすっごい障害でも、ヒロに与えるのはどうかと思うけどね。

 志保は、少なくともあかりよりは浩之のことをわかっていない。それを志保も自覚しているのだが、もし、浩之に本当にどうしようもないような障害が目の前にあったとき、どんな行動を取るかは、知らないのだ。

 そして知らないだけで、だいたい予想はつく。

 だからこそ、見たくはないのかもしれない。どんな大きな障害も、浩之の前では無力に見えるのだ。それを乗り越える浩之を見るのは、志保には怖い。

 まさかとは思うけど、そんなヒロ見たら、私だって我慢できなくなるかもしれない。

 どこまで行っても、志保はあかりに浩之をゆずるつもりなのだ。しかし、そこまで魅力的な浩之を見て、我慢できなくなる可能性は十二分にある。今の状況だって、浩之に言うのだけは何とか押しとどめている状態なのだから。

 それにしても、実際遅くない?

 あかりの家に行って、あかりの幸せなひとときを邪魔したくはないので迎えには行かないが、志保はかなりイライラしているのには違いなかった。

 志保は、ちらっとセリオの方を見る。

 セリオは、無言でイスに座ったまま、やはり浩之を待っているようだった。さっきから、二人の間にはまったく会話がない。

 実際、セリオが何を考えているのかは志保にはまったくわからない。わかりようがないのだ、何せ、彼女は合理的に物事を考えているわけではないのだから。

 浩之やあかり、志保自身も、それは確かに合理的に物事を考えて動いているわけではない。おかしなことにこだわったり、反対に何も考えずに動いたりする。

 しかし、そこには個人の一貫性というものがある。だから浩之とあかりは相手の考えや行動が読めるのだが、セリオにも、確かに一貫性はあるだろう。

 前に見たシルバーのように、一貫性のないおかしな部分はない。だが、結局、志保にはセリオの一貫性が未だによく見えてこないのだ。

 人間のためになりたい。その目的に基づいて動くのは、まあよくわかったわよ。ヒロにも説明されたし、私もセリオの様子を見てそう思う。

 でも、それ以外はさっぱりだ。きっと一貫性が通っているのだろうが、残念ながら、まさに「感情のままに動く」という一貫性が通っているんだから、私にはさっぱり読めない。

 そして、その姿は志保にはさっぱりかわいく見えないのだ。むしろ、わがままで、人間ができてない、不安定な子供を見ているようにさえ思える。

 もちろん、きっと子供よりもききわけはいいだろうし、一番優先する部分が「人間のためになりたい」なのだから、ましではあるのだろうが、志保の目から言うと、まだまだ未熟すぎるのだ。

 志保も人のことが言えるほど熟してもいないのだが、とくにセリオからはそのにおいを感じるのだ。

 やっぱり、私にはヒロが何でこんなやつ選んだのか、さっぱりわからない。

 対等に見てくれ、と浩之に言われているので、そう見よう見ようと志保は意識していたが、どうしてもそれを忘れてしまう。

 そう、忘れそうになる。セリオがメイドロボだということを。

 その姿は、実に未熟で、まるで子供だ。そう、まるで人間の子供のように。

 メイドロボは人間に劣っている、とは志保は思っていない。何故なら、セリオは、確かに人間とは違うが、同時に人間のようだからだ。

 人間のためになりたい、その一点だけの美点を持った、普通の人間。それが志保のセリオに出した採点だった。

 何故そんな相手を浩之が好きになったのか、そのことばかりが気になるのだ。そんな状態なのに、人間だメイドロボだなどと、他のところに気をまわしている余裕はなかった。

 まずは、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』のことをヒロに言うとしても……その後は……

 志保としては聞かざるを得ない。浩之が、セリオのどこに惹かれたのか。それを聞いて、そして納得できるまで、志保は眠れそうになかった。

「ただいま〜」

 浩之の声が玄関から聞こえた。その声は、いつも通りやる気のなさそうな声だったが、どこか楽しげでもあった。

 セリオは、まるで待ち望んでいたように素早く立ち上がると、玄関に向かった。それを志保は追いかける。

「ただいま。志保、話は済んだか?」

 浩之は、あいもかわらずやる気のなさそうな目をしていた。

 それはいつもの浩之。志保が知って、もうずっと見てきた表情。

 それでも、志保の胸は高鳴った。

 浩之の、その本当の魅力を持った表情に。その、障害に向かって、平気な顔をして突っ込んでいく、無謀とも取れる、力ある彼に。

 ……やばいわよねえ、やっぱ。

 志保は、やはり不安になるのだ。いつまで自分が我慢できるか。

 そこにいる浩之は、本当に、何の偽りもなく、ただただ、魅力的だから。

 

続く

 

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