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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「やっぱり、ヒロは、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にかかってないんじゃないの?」

 それは反撃と言うには、あまりにも小さいことだっただろうか?

 いや、十分。それで反撃の糸口を見つけることのできる者にとってみれば、十分な「糸」だ。

「ヒロが、メイドロボに劣等感なんか抱かないに決まってるわよ」

「……つってもなあ、実際に、俺は胸に痛みを感じてるんだぜ?」

「でも……セリオ。今まで『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の症例の中に、胸の痛みなんてものはなかったんでしょ?」

「はい、私のデータにはありません」

 セリオははっきりと言った。いくら感情的に動いているとは言え、セリオの知識は、少なくとも蓄積されているものが間違っていない限りは正しい。それを浩之もよく知っている。しかも、今一番重要なものの話だ。セリオが間違えるわけがない。

「精神病患者の中には、自分は重大な病気で、心臓が悪かったり、呼吸器に重大な病気を持っている、と自分自身で思い込む方もいらっしゃいます。しかし、それはどのような角度から見ても、浩之さんにはあてはまりません。だからこそ、私は『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』、鋼鉄病のせいだと思うのですが」

 セリオは、それが自分のせいだとしても、それが辛いことだとしても、必要なことを言っているときはゆれたりしない。それはまさにメイドロボの強みでもあり、脆い部分でもあるのかもしれないが。

「それはセリオの見解でしょ。私は、ヒロの胸の痛みがどういう理由かまではわからないわよ。でも、ヒロがメイドロボに劣等感抱くわけないわよ」

 もし、そんなことをしていたら……

 もし、一つでも自分より優れた能力を持っている人に、全ての人が劣等感なんていだいてたら、世界は成り立たない。

「ヒロ、私としては、ここで一つだけはっきり聞いときたいことがあるんだけど」

「何だ、スリーサイズ以外なら、特別教えてやるぜ」

 浩之は何故かこんなときに軽い冗談をとばす。まるで、そこにあるのがそんなに重大な問題ではないかのような気楽さ。

 こんなバカが、劣等感なんか抱くと思う?

 その姿に見ほれそうになりながらも、志保は心の中で悪態をついた。

「ヒロは、どうしてセリオを、ううん、他人を助けるの?」

「……あぁ?」

 浩之は、志保の言った言葉の意味がよくわからなかった。

「何わけわからないこと言ってんだ、志保?」

「あんたには負けるわよ」

 志保は、思いきり皮肉を込めてそう言ってやった。『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』だの、わけのわからないことを言ってきたのは浩之なのだ。それに比べれば、この話は浩之をよく知っている人間なら、誰しもが知っている話だ。

 それを知らないのは、浩之一人。そして認めたがらないのも、浩之一人。

「聞こえなかった? ヒロは、どうして他人を助けるのかって聞いてるのよ」

 志保は、それをうらやましいとは思わなかった。それは、まずそうなろうという思いもなかったし、第一、普通の人間には無理だ。

 だから、志保はイライラする。その姿が、とても魅力的で、自分が我慢できなくなるから。

「何言ってんだ、志保。俺は他人を助けた記憶なんてねえぞ」

 浩之はそう断言する。それは予想範囲内の返答だ。浩之が否定しないわけがないと志保もよく承知している。だからこそ、見ているだけで腹が立つ。

「ヒロは、優しいのよ」

 志保の言い方は、ぶっきらぼうで、というよりも、はき捨てた言い方だった。

「おいおい、人をほめてる口調じゃねえなあ。だいたい、あかりや雅史じゃあるまいし」

「今だって、セリオのために、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』、鋼鉄病って略すのね、鋼鉄病を治そうとしてるじゃない」

 志保はそうはき捨てた。浩之のその態度が、あまりにも志保の神経を逆なでするのだ。あまりにも心地よくて、志保は怒りをぶちまけそうだった。

 ぴくりと、「セリオのために」という言葉に、セリオが反応した。それは、当然嬉しさからではなく、その辛さからだった。

「これに関しては、俺がセリオにそばにいて欲しいからやってることだ。志保にとやかく言われる筋合いはねえぜ」

 浩之は嘘をついていない。よく嘘をつく男ではあるが、あまり嘘はうまくはない。顔に出たりはあまりしないのだが、本当のことを言うと、その自信のある態度や、雰囲気で読めるので、わかりにくいことはない。

 そう、浩之は嘘をついている気は少しもないのだ。本当に、浩之の中にはその言葉が浮かんでこない。

「ふーん、そうなの……なんて、納得すると思ってるの?」

 今度こそ、志保は険悪な顔で浩之をにらんだ。

 それは悪いことではない。本当に、少しも志保は悪いことだとは思わない。少なくとも、無償の献身なんて、嘘くさいものよりは、よほどましだと思う。

 でも、志保には、それが意地悪くしか思えない。手ののばすことのできない、本当に欲しいものだから。

「なら聞くけど、ヒロ。あんた、さっきから一度でも人のためになりたいって言った?」

「俺が? 言うわけねーだろ。まあ、もちろん志保よりはよっぽど人の役にはたってると思うけどな」

 そうやって冗談を含めて言う浩之を見て、やはり志保は確信した。

「ヒロ、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』って、メイドロボに対する人間の劣等感って言ってなかった?」

「ああ、俺はそう思ってる」

「だったら、ヒロがメイドロボに劣等感を抱くわけないじゃない。だって、ヒロにとって、人のためになることは重要じゃないんでしょ?」

 おそらく、ヒロにどれだけこのことを言っても納得はしないんだろうけどね。

 志保は、それをわかっていたから、あえて変な聞き方をしたのだ。「何で、他人を助けるのか」、その言葉に、浩之がどう反応するのか。

 いや、浩之自身が、それをどう思っているのか、自覚させるためだけに、志保はその不可思議な質問をしたのだ。

「ヒロが、自分のために人を助けるなんて、私らは知ってるわよ」

「それも何かひどいいいようだな」

 確かに、聞きは良くない。むしろ悪いと断言してもいいだろう。だが、それは究極まで突き詰めると、美点となる。それに、何人もの女の子達がはまってしまったのだから。

 浩之は、ただ人を助けるのだ。そこに、他人の役に立ちたいなどと言う、邪念は入らない。純粋なだけ、本当に、純粋なだけのメイドロボに劣らない純粋さがそこにはあるのだ。

「ヒロ、そろそろ自覚してもいいんじゃない? ヒロは、優しいのよ」

 それを理解できないことは知っている。それが浩之の美点であり、美点であるからには、理解は難しいのだ。

 だが、自覚すれば、それは武器だ。どうしようもない道のりを一気にかけぬけるためには、ただただ普通の方法では無理だ。

「ヒロは優しい。だって、助けるときでさえ、自分の意思で助けるから」

 

続く

 

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