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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「そうだな、これはきっと、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』のせいなんかじゃない。もっと、他のもんだ」

「だから、何度も最初っから私はそう言ってるじゃない」

 志保が、ふくれながらそう言う。それに気がついたのは志保の方が先なのに、浩之にそうはっきりと言われると、何か悔しさを感じるのだ。

 その不機嫌そうな志保を見て、浩之はぷっと笑った。

「何よ」

「いや、志保はこんな状況でも、変わらないなと思ってな」

 いつもと変わらない志保の姿。自分とはケンカ友達で、よくつるむくせに、何かあるとすぐ言い合うし、すぐ競う合う。それはゲームでもそうだし、言葉のはしの内容だってそうだ。

 そして、その態度をこんなおかしなときでも、まったく変える様子もなくおかしなまま自分に向けている志保が、今回ばかりはいとおしく思えたほどだ。

 その姿は、きっと俺の力になる。

「ふん、その言葉、そっくりそっちに返すわよ。あかりが変な病気うつされて、しかもあんた自身もよくわからない胸の痛みに襲われてるっていうのに、何よその他人事みたいな余裕の顔は」

 それは志保の本心でもあるし、考えていることとはまったく別のことでもある。志保は、このやる気なさげで、でもやっぱり全力の、その浩之の顔が好きなのだ。

 そう、今のヒロは、本当にいつものヒロだ。だから、私も目が離せない。

 志保が目を離せないほどステキだと思うのに、何故かセリオはうかない顔なのだ。いや、表情は無表情のままなのだが、それでも志保にはそう感じる。

 確かに、自分のせいであるのには変わりなさそうだから、落ち込むのもいいけど……

 志保なら、きっとどんな悩みを持っていたとしても、その悩みを忘れて見惚れてしまうだろうと思うぐらい、今の浩之は魅力的に見えるのだ。

 ヒロにこれ以上の魅力があるとは思えないけど……それとも、趣味の問題なのかな?

 メイドロボの趣味もよくわからないので、そういう可能性もあるが、それにしたって、惚れているなら浩之の横顔の一つにでも見惚れてもいいだろうと志保は思うのだが、セリオにはそういうそぶりは少しもない。話すときには気恥ずかしくなるぐらい人の目を見て話すのだから、よけいにそれが気になる。

「それで、ヒロは胸の痛みの理由に何か心当たりあるの?」

 志保にはさっぱり分かりはしないが、あそこまで自信ありげに言ったので、浩之にはきっと何か考えがあるのだろうと思っていた。

 が、浩之の答えはまるまる反対だった。

「心当たりはない」

「はあ?」

「何あきれた顔してんだ」

 志保の呆れ顔を見て、浩之が文句を言う。

「当たり前だのクラッカーよ。さっきいかにも自分は思いつきましたよ〜ていう感じで自信満々に言ったくせに、何よ、あれってただの嘘ってわけ?」

「クラッカーって、お前何歳だよ。あのなあ、別に俺だってそうそう都合良く理由を思いつくわけないだろ。ただ、確信が持てただけだよ」

「私は最初っから確信持ってたわよ」

 状況をちゃんと説明されて、浩之をよく知っている者なら、誰でも気がつきそうな話だ。しかし、誰もそれに気がつかなかったところを見ると、他の人はよく浩之を分かっていないことになる。

「えーと、この話、後誰が知ってるんだっけ?」

「志保が知ってる中では、綾香ぐらいじゃねえか? さっきあかりに言ってきたから、それも含めるだろうけどな」

 ということは、綾香はそれを疑問に思わなかったわけだ。しかし、それでもあかりが気がつかなかったはずはないと、志保には思えた。

 ま、多分情報が少なかったのよね。

 親友のひいき目にも見えるが、確かに、あかりならもう少し多くの情報と時間があればすぐにでもその答えに行きついていたはずだ。この世で一番ヒロのことを知っているのは、私でも、ヒロでも、ヒロの親でもなく、あかりなのだから。

 正直言って、綾香よりも浩之のことをよく知っていることに、志保は優越感を持っていた。

 セリオ? この子は全然相手にもならない。

 ほんと、ヒロは一体どこを好きになったんだか。

 それを言うと、こんな魅力的なヒロの姿を見てもときめいた風も見せない様子を見ると、セリオも一体ヒロのどこに惹かれたのか、不思議になってくるけど……

 ……おっと、今はそれにかまけてる暇はないわよね。

 セリオがふさわしくないとか、あかりとくっついて欲しいとか、そういう話は後だ。まずは、この問題をちゃっちゃと片付けないことにはね。

 しかし、こんなひどく曖昧でわけのわからない問題を目の前にしても、本当にちゃっちゃと終わらせられるとしか思えないことは、おかしなことなのかもしれなかった。

 志保は、その理由を知っている。浩之に感化されているのだ。

 もっと言えば、浩之がいるなら、こんな問題なんて、怖くも何ともない。

「で、えらそうに言う志保は理由は何も思いつかないのかよ」

「んなもん思いつくわけないでしょ。こっちから見れば他人ごとじゃない、本人が気付かないことを何で他人が気付くのよ」

 とは言え、一番最初に気付いたのは志保なのだから、あながち無理な話でもないのかもしれない。

「セリオはどうなのよ」

「はい……まったく思いつきません」

「ま、セリオには期待してないわよ」

 志保はそうセリオのことをピシャリと言い放った。これには、浩之もまゆをひそめる。いつもはこういうことを言うヤツじゃないのに、と浩之が思っているだろうことが、志保には手に取るように分かる。しかし、それは志保の本心だった。

 浩之は、ぐいと志保を引き寄せて、小声で言う。

「志保、てめえ人の彼女に何て口聞きやがる」

「ふん、だって、実際セリオじゃ無理で……って、ヒロ、何バカみたいな顔で不思議がってるのよ」

 まるで志保の言葉にもう言い返す気がないのかというほど、浩之は志保の話を聞いていそうになかった。不思議そうに胸を押さえている。

「浩之さん、もしかしてまた痛みが……」

 セリオが、その浩之の様子を見て、まるで飛んでいるのではと思うほど素早く浩之に駆け寄る。が、浩之はそれに気付きはしても、何も言わない。

 とりあえず、痛みを押さえている様子はないので、志保とセリオは少しの間黙って、浩之の様子をうかがう。

「浩之さん……?」

「ヒロ……?」

「……ああ、すまなかった。いや、やっぱりこれっぽっちも胸の痛みが襲ってこなかったからさ」

 二人は首をかしげる。浩之が何をしたかったのか分からなかったようだ。

「ヒロ、ちゃんと説明して」

「ああ、いいぜ。俺は、さっきわざとセリオが俺の彼女だって口にしたんだ。何故か同じようなこと、セリオのことを好きだとか、付き合っているとか、そういうニュアンスを含んだことを口にしたときに、胸の痛みに襲われてたからな」

「あ、そうなんだ」

「……それは、おかしいですね」

 セリオが、自分の中のデータを探りながらだろう、説明する。

「『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』は、特定の行動によって症状が悪化する、という症例は今まで一度もありません。研究のデータ数から言うと、浩之さんの症状だけが例外、ということはあまり考えられません」

「そういうわけだ。俺は、別にそれにさっきまで疑問に思ってなかったんだけどな。考えて見ると、かなりおかしなことなんだよな」

 言葉一つで激痛が走るほど、人間の体は敏感にできているとは、浩之には思えない。まあ、実際についさっきまでその状態が続いていたのだから、そこの部分だけは肯定しなければならないだろうが。

「ま、でもおかげで、今の俺にあって、ついさっきまで俺になかったものを探せばいいってわけだ」

「何か心当たりがあるの?」

「まあな」

 浩之は、ぽりぽりと鼻の頭をかきながら言った。

 この短時間の間に手に入れたものは……俺が、変わったことは……

 それは、思いつくだけ、ほんとに一つしかない。

 しかし、案外口に出すのは照れくさい気がする。だいたい、セリオから見れば、浮気に見れないこともないというか、浮気に見える。

 ……ま、これも無茶の一環さ。

 浩之は、そう思って開き直った。

 しかし、やっぱり少し気恥ずかしくて、ちょっと演技っぽく自分の胸を指差しながら、少し大きな声で言った。

「俺の胸の中には、あかりがいる」

 

続く

 

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