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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「俺のことは平気だって。さあ、一緒に、さっさとこのやっかいな問題解決しちまおうぜ」

 と言ったわりには、浩之は何も解決策を考えていない。

 ……いや、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』でないのなら、胸の痛みが何だったのかも見当がついていない……ということはなかった。

 正直、浩之には少し思いあたるふしがあった。だが、残念ながら、その条件は思いつくのだが、理由までは思いつかないのだ。

「ですが、理由もわからないのでは、これ以上の進展は望めないと思います。それに、いつ浩之さんがまた胸に痛みを感じるかわかりません」

 セリオは、無表情のくせに、ものすごく心配そうにそう言う。

 あかりの、全てを自分にまかせるのとは違う、ただただ自分のことを心配してくれるセリオに、浩之は嬉しささえ感じる。

 そう、浩之はそれが純粋だからとか、不純だからとか、そんなものには捕らわれていない。心配してもらうのは嬉しいし、優しくしてもらえれば気持ちいい。

 そして、セリオのその気持ちは、心地よかった。

 だが、それとこれとは別だよな。浩之は人の悪い笑みを浮かべて考えた。

「見当はついてんだよ、一応な」

「本当に?」

「ああ、まあ、今回も的外れって可能性もあるけどな」

 ほとんど何もない情報から、浩之は『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』までたどり着いた男だ、今回も、そういうことが起こる可能性だって十分に感じられる。

 しかし、セリオは安心していなかった。横で見ている志保も、半信半疑という表情だ。

 ……てことは、今は俺もあんまり自信のある表情はしてねえんだろうなあ。

 それとは反対に、むしろ浩之は、その条件についてはほぼ確信を得ている。問題は、それはあまり楽しい話ではないということだ。

 この状態まで来て、言いにくいので止まる、なんてバカなことはまったくする気はないが、それでも結果セリオが苦しんだりするのは、あまりいいことだとは思っていない。

 まったく、こんな男のどこが優しいんだか。

 問題は、浩之はまったくそれを言うことに抵抗を感じないことだ。それ以外に手がないならともかく、おそらく言わないでも何とかなるのではないかと浩之さえ思う。

 だが、一番手っ取り早い手だ。理由がまったく結びつかない以上、情報はより多くの相手に伝わった方が結果は出やすい。

「胸の痛みは、俺がセリオを好きだと言ったとき、好きだと思ったときに襲ってきてた」

「はい、聞きました」

「だから、多分、セリオのことを好きなこと、それ自体が、胸の痛みに関係してると思うんだ。『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』は関係なくな」

 鋼鉄病は、メイドロボを認めることにより、そこから来る劣等感によって人間の脆弱な心が蝕まれる病気だ。

 だが、今回の胸の痛みは、おそらく劣等感から来るようなものではない。むしろ、メイドロボを認めているから、または認めてないからなんて言葉でくくれるものではない、浩之はそう考えた。

 しかし、それは同時に。

「……つまり、これは完全に私に原因があるのですね?」

 まあ、セリオの精神構造、データ構造と言ってもいいのか? からはこういう答えを導き出すよなあ。

 浩之は、思わず苦笑した。予測とまったく同じ反応をセリオがしたからだ。それはあてつけなどではなく、本当に自分を悔いているのだ。

 しかし、浩之は、それを予測しても、言わないわけにはいかなかった。例え無茶をしても、この問題を解決する、浩之はそう決めたのだから。

 そして、その決意の表われのように、浩之の胸はこれっぽっちも痛まなかった。

「その自虐的な考え、止めたら?」

 浩之は別にそれ自体には何も感じなかったが、志保はかなりかちんと来たようだった。

 まあ、志保は自虐とか、そういうものからは一番かけ離れてそうだからなあ。

 自分が頼んだのだが、それにしたって志保とセリオは真反対すぎるのかもしれない。特に、セリの「自分さえ犠牲になれば」精神は、志保にとっては許せないものなのかも知れない。

「ヒロは、一言でもセリオのせいだって言った?」

「それはそうですが……」

 志保には、許せないのだ。一体誰のために浩之が苦しんでいるのか、分かっていて、なおかつそんな態度を取られれば、確かに志保でなくとも嫌になるかも知れないが。

 セリオのためではない。実際、浩之はセリオのためにこんなことを言っているわけではない。

 一番に、自分のためなのだ。セリオも、あかりも助けるつもりだが、あくまでそれは目的であって、理由ではない。

「まったく、あんた見てると、いらいらしてくるのよ」

「おいおい、志保。あんまりセリオいじめるなよ」

 志保のいらいらする気持ちもわかるが、浩之はとりあえずなだめる。確かにセリオのその行為は、今はやってはいけない行為なのか知れないが、ひどい話、浩之は気にしてなかった。

「だいたい、ヒロだって……まあいいわよ」

 志保は、途中で文句を言うのを止めた。どちらにしろ、ここは浩之にまかせるしかないと志保も分かってはいたのだ。

 だが、やはりこんな状態では、志保にはまったくセリオが魅力的に写らない。

 むしろ、それさえ気にしていない浩之が、どこかおかしいのではないかとさえ思い、胸がときめくほどだ。

 やっぱりだてじゃないわよね。

 余裕の笑みを浮かべて志保をなだめ、そのセリオのどうしても許せそうにもない言葉を流し、それでも揺れるそぶりさえ一つもない浩之は、さすがとしか言いようがない。

「別にセリオが悪いってわけじゃないさ。ただ、俺が人間で、セリオがメイドロボだった。それぐらいの差だろ?」

 とても大きな溝であるはずのものを、浩之はさらりと「それぐらい」と言い放つ。

「ですが、浩之さんが……好きになったのが私でなければ」

「じゃあ、何かセリオ、俺に他の子を好きになれってのか?」

「……」

 セリオは、正直そう思った。それの方が、おそらくまったく問題無く話は進むとは思った。自分もこの場所にいても問題ないし、浩之は胸の痛みや『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』から解放されるし、いいことずくめのような気さえする。

 いや、セリオなら、おそらくそちらを優先させるだろう。

 どこまで覚悟しても、どんなに目をそらしても、セリオはメイドロボであり、人の幸福を願わないわけがないのだ。それが、自分という存在さえなければ、うまくいくことを知っていればなおさら。

「……私は、やはり残るべきではなかったのかも知れません」

 その言葉に、一瞬、浩之の表情が変わった。人と話すときは目をそらすことのないメイドロボだからこそ、セリオはそれを見逃すことは無かった。

 とうとう、見放されたのか。セリオは、どこか冷静にそう考えていた

 それは、苦しいことだった。一番優先させるものではないとは言え、浩之と一緒にいることは、そして愛の言葉をかけてもらえることは、セリオにとって幸福だった。原罪を犯しているという意識がありながらも、それでも幸福だと感じてしまう時間。純粋であればあるほど、それの重みを感じるその日常。

 それは、長くもないセリオの一生の中で、忘れることのできない、痛くて苦しくて、どうしようもないのに、幸福な時間。

 そして、それを消してさえも、セリオは浩之に傷付いて欲しくなかった。

 それこそが、メイドロボの望み、などではない、メイドロボの、存在意義だから。

 今ここで見放されるのは、むしろ喜ばしいことなのだ。悲しさに包まれながらも、セリオはその気持ちを「通し」た。

 そして、それは、実はまったく見当外れだったりもしたりするのだ。

「まったく、セリオは相変わらずだな」

 浩之は、そう言って笑った。

「セリオがいなくなったら、俺にどうしろって言うんだよ」

「それは、前の平和な日常を取り戻せると……」

「んなの無理に決まってるだろ」

 浩之には、そんなことはできない。できるのなら、むしろ、セリオは引き止めていても、あかりまで助けようとしたかどうかは怪しい。

「俺は、セリオを失いたくない。もうセリオは、俺の生活の一部に組み込まれてるからな」

 生活、という言葉は、過小評価。

 世界。浩之を取りかこむ世界に、セリオは入り込んでしまったのだ。

 そしてたまたま、それを浩之が見つけて、好きになってしまった。それだけの話なのだ。

 だからこそ、セリオがどんなに浩之のことを思っても、その願いは聞き届けられることはない。浩之は、セリオの逃がす気などこれっぽっちもないのだ。

「セリオ、何度でも、分かるまで言ってやるよ。俺はセリオを愛してるんだよ」

 そしてそれだけではない。浩之の世界を壊そうとするものに対して、浩之は、容赦ない。

 例え、それが耐えれない胸の痛みであろうとも。

 例え、自分のことを本当に考えて、その棘が刺さるのを恐れて、この場から消えようと努力する、美しき銀色の処女(シルバーメイデン)に対しても。

 

続く

 

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