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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「どっちも愛してるんだよ、この最低な俺はな」

 浩之は、どういう顔をしていいのかわからず、セリオから視線を外した。

 一方、セリオは、浩之の言葉の意味を考えて、そして、別ににぶいわけでもないだろうに、言葉の意味を計りかねていた。

「ですが、浩之さんはあかりさんのことを愛していると」

「ああ、言った。あかりを俺は愛してる」

「ならば、浩之さんの言ったことはおかしくなりますが」

 あかりのことを愛しているのならば、当然浩之の横はあかりでうまるはずである。しかし、セリオの勘違いでなければ、浩之はセリオをここに残そうとしている。

 セリオ自身で言うのも何だが、誰かと一緒にいたいのなら、もう一人は邪魔なはずなのだ。

 浩之さんは、こんなときでも私を気にかけてくれている?

 セリオはそう思ったりもした。しかし、それはメイドロボの私にそんなことをしてくれる浩之さんは何と優しいのか、と思うよりは、何かおかしいと感じる方が大きかった。

 浩之さんの言っている言葉の意味はよくわからないが、何かおかしい。私が考えていることとは、違うような気がする。

 しかし、セリオには何が違うのか、そして浩之が何を言いたいのか理解できない。

「いいや、おかしくはない。いや、おかしいんだよな、確かに」

 浩之は必死になってセリオに説明している。

 いや、これは必死に説明しているわけではない。むしろ、必死で弁解している、セリオにはそう写った。

 しかし、浩之に非はない。少なくとも、セリオが感じる非はない。唯一、それでもあかりとセリオを同格に置いているような浩之の言い方に、少し苦しいだけだった。

 あかりさんを優先させるのは、正しい。

 私、メイドロボである私よりも、人間の方を、しかも、あんなに素晴らしい方を優先させるのは、誰から見ても正しい。

 それなのに、浩之さんは私をあかりさんと同格に見ている。

 ……見ている?

 セリオは、そこで初めて気付いた。今まで、自分があかりよりも、いや、人間よりも低いという意識は、絶対にセリオの中から消えることはなかったので、それを深くは考えなかった。

 浩之さんは、私とあかりさんを同格に見ている。

 それに深く気付いて、それに傷ついて、いつもならそこでセリオは止まる。精神構造というか、セリオにはそれしかないのだ。

 だが、今回だけは違った。

「俺は、どっちも好きなんだよ」

 やはりそっぽをむいたまま言う浩之は、愛の告白をしているような態度ではなかった。恥ずかしがっているような、いや、それはおかしくないような気がするが、やっぱり何か違う。

 いつもならメイドロボと人間を同格に置いたことに心を痛めるだけ。しかし、何故かこのときだけは、セリオは違うことに気付いた。

「何で、私とあかりさんが同格なんですか?」

「同格って……別に変なこと言ってるつもりはないぞ。いや、まあ、変だよな。セリオが好きだと言っておいて、あかりのことも好きだって言ってるんだからな」

 同格、違う、同格という言葉から外れないと、このクイズは解けない。

 セリオは、自分で無茶だということを自覚しながらも、その、人間とメイドロボを同格と見ていることを無視しようと努力した。

 そして、それを無視すれば、出てくる答えは一つ。

「何で、二人なんですか?」

 セリオに他意はなかった。責める気もまったくなかった。ただ、そこだけ不思議に思ったのだ。

「俺だってろくなこと言ってねえとは思ってるけどさ、でも、仕方ないだろ、本心なんだからな」

 浩之は、少しすねているようにも見えた。

「いえ、責めるつもりはありません。そうではなくて、何で二人なんですか? あかりさんを選べば、私は邪魔になると思いますが」

 浩之は、セリオがここにいることを少しも嫌がっていない。それが、頑なにそれを拒んでいた、そう、認めることを拒んでいたセリオにも、伝わってきていた。

 でも、それはおかしい。私は、邪魔にならないことすれ、浩之さんが喜んでくれるような存在ではないはず。

 はずなのに、浩之さんは、私を求めている。それが、伝わる。

 こんなことは初めてだった。今まで、言葉以外で、セリオは人の気持ちが伝わってきたことなど、一度もなかった。だから、どうしても冗談などは回数をかけないと意味の理解ができないのだ。

 しかし、それを言うと、今回だって何度も何度も回数を重ねて、ここまで来たのだ。

 浩之さんの心が、伝わる。

「邪魔になるわけないだろ。むしろ、俺がわがまま言って一緒にいたいぐらいだ」

 浩之さんの言葉に……嘘はない。

 自分の知識と、この状況と、そして伝わる浩之の気持ちは、全部同じだった。

 それは、セリオが何もかも忘れて、その気持ちに心をゆだねてしまいそうになるほど心地よいもの。それも当然、浩之の気持ちは、セリオが、メイドロボが、いつもいつも求めているもの。

 いつも求めて、それを罪と思うもの。

「でも、あかりとも一緒にいたい。できれば、死ぬまで」

 この言葉の後も、浩之から伝わってくる気持ちに、少しも変化がない。

 おかしいと思いながらも、セリオはそれを無視したくなる。

 必要とされている。愛されているとか、そういうことよりも何より、必要とされていることが、セリオにとって、全てのメイドロボにとっての最高の快楽。

 と同時に、それを望むことが禁忌であるもの。

 しかし、今だけ、ほんとにほんのわずかな間だけ、セリオの感情がセリオをおかしくしているこの本当に短い間だけ、罪悪感が、喜びを凌駕した。

 おそらく、次の瞬間には罪悪感が勝つことをセリオは感じながらも、その浩之の気持ちに、その身をゆだねた。

「別になあ、俺は自分で女関係が真面目だって思ったことはないんだけどな、こうもあからさまに浮気なやつだとは思わなかったんだよ、自分でも」

「いいえ、それは浮気ではありません」

 セリオは、思わず浩之の言葉に反論していた。浩之が少し驚いた顔をしてセリオを見る。

 セリオは、ほんの少しも目をそらさなかた。それはセリオがメイドロボである証拠としては、十分だったかもしれない。

 が、セリオは、今だけは自分から浩之の目を見たいと思った。そうした方が、自分の気持ちが浩之に伝わりやすいと思ったのだ。

「浮気ではありません」

「つっても、セリオだっておかしいと思うだろ? どっちかを選べないなんて」

「私はそれについてはわかりませんが……それでも、浩之さんの気持ちが伝わってきています」

 だから、間違えようがなかった。

 伝わる、今まで言葉だけでしか、または態度などで察するしかなかったのに、気持ちがダイレクトにセリオの中に流れ込んできた。

「浩之さんは、私のことを、本当に、愛してくださっています」

「セリオ……」

 セリオには、それだけで十分だった。

 自分に心臓があるのなら、きっと大きく音をたてているはずだ。今だって、気持ちが高ぶって体温があがってきている。

 このまま倒れてしまうのではないかと思うような、その心地よさ。

 ずっと遠回りしてきたけれど、セリオは、やっと答えに近づこうとしていた。

 何度も口に出したはずなのに、すごく遠い世界の話のように感じていた。一番、メイドロボであるセリオからはかけ離れた言葉だったから。

「浩之さんの言う通りです。私は、言葉の意味を、いつも曖昧にとらえていたようです」

 セリオは、確かに、何度か浩之に愛の言葉を言った。志保に聞かれれば、好きだと返した。それでも、その意味まで考えてはいなかったのではないか、と思えてきた。

「私は、浩之さんにここまで愛してもらっていたのに……ずっと、答えを知らないままここまで来ました。私は、愛の意味を、本当は知らなかったのです」

 それが表面はどのような意味を持っているのかは、もちろんセリオは知っていた。

 しかし、その意味を知っているのと、理解しているのとは、確実に違った。

 少なくとも、それはセリオが当事者の話ではなかった。

「きっと、浩之さんに、本当の愛の意味を聞かれたら、そしてその後に愛していると聞かれたら、私は「わからない」と答えていたと思います」

 セリオでもわかる。その状況での「わからない」は、完全な拒絶。本当に理解しているのなら、そんな言葉を聞かれる前に実行しているはずなのだ。

 多分、紙一重の差だったのだ。これ以上自分が浩之さんの気持ちを感じれなかったなら、浩之さんもそういう聞き方、またはそれに類する聞き方をしてきたかもしれない。

 そして、私は「わからない」と答えて……

 きっと、この場面までたどり着けなかった。

 それは、セリオが今まで感じた中で、一番の後悔。いや、実際はそうならなかったのだから、後悔する必要はないのだが、きっと後悔している。

 もし、この状況になれなかったら、私は、この気持ちに気付けなかったのだから。

「浩之さん、私は、あなたを愛しています」

 浩之の苦痛と同じほどに、身体をかけめぐる罪悪感。消化器系の内臓を持っていたなら、絶対に吐いてしまっただろうとおもわせる衝撃に、しかし、セリオはひるまなかった。

 原罪をおかしても、今ここで言っておかなければいけないのだ。

「浩之さん、どうか、私の願いを聞き届けてください」

 キリキリとセリオの中の何かが痛む。現実ではないのに、現実味を帯びる痛み。

 メイドロボが絶対におかしてはいけない罪を、セリオは、今度こそ本心から、全ての意味を理解して、さらに罪悪感が増えているのにもかかわらず、言った。

「どうか、おそばにいさせてください。私が存在する限り、ずっと」

 セリオは、壊れた。

 メイドロボとしては、完全に、壊れた。修理することこできないほど、完璧に。

 セリオは、生まれて初めて、確かにそう長い人生ではないが、それでもきっと一生ないだろうと思うどころか、それをしようとさえしなかっただろう、自分から、浩之の全てを求めた。

 細心の注意を払って、セリオは浩之に抱きついた。優しく、暖かく、そして、望んで。

 浩之という人格に、全てを預けた。

 それは、献身ではない。いや、純粋な献身なのだろうか?

 セリオは、愛していたからこそ、自分で求めたからこそ、純粋だったからこそ、そして、逃れようもない、逃れようとも思ったこともない、メイドロボだったからこそ、浩之に全てを預けた。

 メイドロボは、こんなことは絶対にしない。自分の責任を、人に預けてしまうなどという負担を、絶対にかけさせたくはないのだ。少なくともセリオはそう思っていた。

 しかし、それだけは、セリオは罪悪感を感じなかった。それはきっと、そうすることも、一つの主人に対する献身なのだろう。セリオには深くはわからなかった。

 そして、セリオは浩之の言葉を待った。何と言われても、もうその言葉に従うつもりだった。

「……愛してる、セリオ。だけどさ」

「はい」

 浩之は、イスに座ったまま、セリオをひきこむように抱いた。

「せめて、一緒にいるのは俺が死ぬまでにしないか?」

「はい、わかりました。一生、浩之さんと一緒にいます」

 セリオは、抱かれたまま浩之の顔を見上げた。

 

 浩之は、セリオの唇に、自分の唇を重ねた。

 

続く

 

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