銀色の処女(シルバーメイデン)
「だから、無茶は承知で言うぞ。あかり、俺はセリオとつきあってるけど、それでも、俺と結婚してくれ」
何だ、そんなことか。とあかりは思った。
「うん、いいよ」
それは、あかりにとっては全然まったく困難なことではなかった。むしろ、望むところと言うやつだ。
「でも、私達まだ高校生だから、結婚はちょっと早いかな」
「お、いつもならお前の方が夢見がちな話するはずなんだけどな。今日はえらく現実的じゃないか?」
なるほど、言われてみれば、そんな気がしないでもなかった。
「今から結婚の話なんてしてると、お母さん大喜びだよ」
「まあ……ひかりさんはそういうところおおらかだからなあ」
「浩之ちゃんだからだよ。お母さん、相手が浩之ちゃんだったら、平気で子供を差し出すから」
頭が痛いのは変わらなかったが、それは間違いないとあかりも思った。ひかりは、浩之が自分の子供に欲しくて欲しくて仕方ないようなのだ。このままほっとくと、浩之を養子をしようと思うのではないかという勢いだ。
「だから、問題はないと思うけど、私達まだ早いよ。子供とかできると大変だし」
「お前もいきなり子供の話をするか? まあ、俺はその方が多分いいんだけどな」
浩之と話しているせいか、だんだんとあかりの頭痛は落ち着いていた。さっきまでのことを考えると、格段に良くなってきている。
「ほれ、まだ寝とけって」
浩之は気を使ってあかりをベットに寝かそうとしているが、その間にも、少しずつ痛みがひいていく。
これも愛の力かな?
浩之に聞かれたら、絶対につっこみを入れられることを考えながら、あかりは少しずつ意識にかかったもやの消えるのを眺めていた。
浩之ちゃんも、こんな冗談言ってくるんだ。
誰よりも浩之を理解しているつもりのあかりは、それが冗談でないことを誰よりもよくわかっているはずだ。実際、よくわかっている。
「結婚、いいなあ、浩之ちゃんと結婚か……」
だから、この告白は、浩之の真面目な言葉ということになる。
「結婚……結婚っ!?」
ガバッとあかりはベットから飛び起きた。
「って何だよあかり、いきなり驚かすな」
「驚かせないで欲しいのはこっちだよ。結婚って、何のこと言ってるの、浩之ちゃん!」
何を今更、という顔で浩之が言った。
「だから、いわゆる求婚ってやつだ」
「チューリップとかの種のこと?」
「そりゃ球根だろ、いや、言葉は一緒だが漢字が違う。求めるの求に、結婚の婚だ」
頭の頭痛など、きれいさっぱり吹き飛んでいた。というか、今は頭の痛みにかまっていられるほどあかりには余裕がない。
「ちょ、ちょっと、浩之ちゃん、少し待ってね」
「おう、あんまり暇でもないが、他でもないあかりの頼みだ、聞いてやろう」
何故かひどくえらそうな浩之に苦笑しながら、あかりはそれでも頭の中をフル回転させた。
え〜と、まずはどこから……
「おーい、まだかー?」
10秒もたってないはずなのだが、浩之はその思考を邪魔するようにあかりを呼ぶ。
「早すぎだよ、浩之ちゃん。せめて1時間ぐらい欲しいな」
「長すぎだ、後5分な」
「う、うん」
あかりは、別に時間が区切られたからというわけではなく、一生懸命頭を働かせていた。この状況を一番理解したいのは、誰でもないあかりなのだ。
まず、確認を。
「えーと、浩之ちゃん。冗談じゃないよね?」
これは、あかりの中の一番自信を持っている場所に確信が持てなかったという、あかりにあるまじき行為だったのだが、はっきり言って今回は浩之が悪いので仕方ないだろう。
「おう、これが冗談を言う顔か」
「顔は冗談言ってる顔だよ」
しかし、声は聞き間違えようがない。あのどうしようもないほどにやる気なさそうで、どうしようもなく強い、浩之の本気の声。
「……本当だよね?」
「しつこいぞ、あかり。だいたい、俺が冗談を言ってるかどうかぐらい、お前ならわかるだろうが」
「それはそうなんだけど……」
とりあえず、浩之の態度も、答えも、あかりの分析も、浩之が冗談を言っているわけではないことだけはわかる。
となると、今度はあかりの聞き間違いということになる。さっきまで頭痛がひどかったので、幻聴ぐらい聞いてもおかしくない気もしないでもない。
「とりあえず、もう一回言ってくれるかな、浩之ちゃん」
「あまり何度も言わせるもんじゃないと思うけどな。俺と結婚してくれ」
「もう一度」
「俺と結婚してくれ」
「もう一回」
「俺と結婚してくれ」
「おまけに」
「俺と結婚って、あかり遊んでないか?」
「そ、そんなことないって」
「そうか〜?」
浩之が疑わしげな目であかりをにらむが、あかりは当然遊んでいるわけではない。
嬉しくて嬉しくて、何度も聞いてしまったのだ。まだ一体何が起こっているのか理解していないわりには、身体は勝手に反応していたりはするのだ。
これで、あかりの聞き間違えないでないのは確信できた。
……でも、だったらほんとに、何が起こってるの?
とりあえず、あかりの理解できないことがここで起こっているのだけは確かだが、何故かというか当然、あかりはぜがひでもこの状況を理解したがっていた。
夢ではないかと、ほっぺたをつねってみるが、ちゃんと痛い。さっきまで頭痛で嫌というほど痛がってきたのだから今さら何を言うという感じではあるが、あかりはそれほど混乱しているのだ。
「えっと、えっと、でも、やっぱりおかしくない?」
「何が?」
「これは私が勝手にそう解釈して喜んでるだけなのかもしれないけど、浩之ちゃんにはセリオさんがいて、浩之ちゃんの様子を見る限り、セリオさんと別れたようでもないのに、でも私に結婚を申し込むとか、やっぱり私の幻聴だよね?」
「おいおい、あかり、お前かなり混乱してないか?」
支離滅裂なのかちゃんと筋が通っているのかさっぱりわからないあかりの言葉に、浩之は大きなため息をついた。ほんとにこまったヤツだという顔で見る浩之は、はっきり言って自分が諸悪の根源たる自覚には乏しいようだ。
「だって、浩之ちゃん、すごくおかしなこと言ってるんだよ?」
すでにあかりは泣きそうになっている。自分で理解できないのだが、それでもそれは涙を流してしまうほど喜ぶことで、でもやはり何が何だかよくわからないのだ。
「仕方ねえなあ、もう一回言うぞ。はいかいいえで答えろ」
「う、うん」
「返事ははいだ」
「は、はい」
「よし、じゃあ言うぞ。俺は、まだセリオを付き合っている。これは理解したな」
「う……はい」
よしよしと、浩之は満足げだった。
「じゃあ次だ。俺は、セリオに一生一緒にいると誓った。今のことろ、これを破る気はない。というか、できるなら一生破らないでいたい」
「うん」
「だから、返事ははいで……まあいいや。そこまでは理解したな。じゃあ最後だ。俺はセリオと別れる気はない。でも、俺と結婚して欲しい」
それの、最後の言葉のつながりが、あかりにはさっぱり理解できなかった。
「ねえ、浩之ちゃん、やっぱり変だと思うよ」
「そうか?」
「だって、浩之ちゃん、セリオさんと付き合ってるんでしょう? だったら、私の出る幕はないと思うんだけど」
「いいや、あるんだなこれが」
そのとき、あかりが見た浩之は、今の今まで見たことのない表情だった。しかし、見たことがないだけで、あかりはそれがどんな表情か、見抜くことはできた。
自虐的なのに、すごく自信ありげで、かっこいい。
最後の言葉はあかりの感想だが、これも確かに必要だったのかもしれない。それほど、あかりにはかっこよく見えたのだ。
「俺はめちゃくちゃわがままな男でな。セリオも欲しいけど、あかり、お前も欲しいんだ」
「……うん」
何か、まだ理解してないつもりなのに、それこそ自然にあかりは答えていた。
「いいよ、私は、いつでも浩之ちゃんの味方だから」
つまり、浩之ちゃんは、二股をかけようとしてるんだ。
あかりは、そこまで言ってから、やっとそんなことを考え出した。やっと考え出したわりには、それには何も文句がなかった。
「それで、セリオさんは納得したの?」
普通は無理のような気もするのだが、参考なまでにというやつだった。
「ああ、セリオは納得してくれた。むしろ、俺よりも納得してるかもしれないぐらいだ」
「セリオさんには嫉妬とかないのかな?」
あかりには、ある。あるはあるのだが、今の状況に文句を言うつもりはまったくない。自分が絶対手に入れることのできない相手が、何故か自分から向かってきてくれたのだ。どうしてあかりにこのチャンスが見逃せようか。
いや、見逃すのはできる。ただし、そこに浩之の意思が無ければだ。
「メイドロボには嫉妬がないんだそうだ。俺が、軽い気持ちでない限り、許してくれそうだな。で、あかり、お前はどうなんだ?」
そんなこと聞かなくても、わかってるくせに。
おそらく、あかりのことを、浩之のことを好きだと知った時点で完全に世界で一番知っているようになった浩之は、あかりが何を感じているのかわかっているはずだ。
「返事が、必要?」
「一応な、俺もなかなかふんぎりがつかないからさ」
「じゃあ、もう一回だけ、言ってくれる?」
「……いいぜ」
浩之は、優しくあかりの肩に手を置いた。これでももし断られたら、かなり寒いような気もするが、話の都合上より何より、浩之には断られると思っていなかった。
「あかり、俺は二人にモーションかけるような、こんなひどい男だが、それでも、俺と結婚して欲しい」
何故なら、あかりのことを、浩之は世界で一番理解しているから。
そして、あかりは、世界で一番浩之のことを理解している。
兄妹のように一緒に育ってきて、そして、血の繋がりがなかったからこそ、二人そろって一生懸命繋がろうとして、そしてそれに成功した二人。
親友で、兄妹で、姉弟で、幼なじみで、恋人。
二人は、『家族』だから。
「うん、もちろんいいよ、浩之ちゃん」
あかりは、今まで、一番いい笑顔で、応えた。
続く