作品選択に戻る

銀色の処女(シルバーメイデン)

135

 

「俺は、セリオをあきらめてやらなかった。ついでに、あかりも欲しかったんだよ」

 こんなことを言う浩之が魅力的に見えてしまうあたり、恋は理由ではないのだろう。いや、少なくとも綾香は浩之の能力を魅力の一つと捉えている。それを考えると、やはり、恋に理由はあるのかもしれない。

 自称、むしろあまり他称も変化ない最低の男は、それでも少しも悪びれた様子はなかった。多少自虐的な態度は取っているが、それも愛嬌程度だ。

「だけど、その俺の最低な行為が、俺を助けた。俺には、あかりがいる限り、胸の痛みに襲われることは二度とないだろうな」

 自分の血を残せる、確実な保証。そこにはそれが用意されていた。もちろん、それはただ待っていれば手に入るものではなく、自分でもおかしいと思う行動まで含めて動かない限り、手に入れれるものではなかったのだが。

 浩之は、それをやり遂げたのだ。あかりとの約束をそのまま守り、その問題をさして時間もかけずに、完璧に解決いた。

 完璧とは程遠い、不安定な解決ながら、それは、完璧だ。

 あかりは、二人を死が別つまで、絶対に離れるつもりはないのだから。

「ただ胸の痛みを解決するためだけなら、セリオをあきらめればよかったんだけどな。俺も自分で驚くほど強欲だったわけだ」

 そう言って、浩之はあかりとセリオを引き寄せた。見せ付けられているようで、志保も綾香もあまり気分は良くないが、セリオとあかりは、見ている方が嫌になってくるほど幸せそうな顔をしている。

 こんな、男の勝手な態度でも、そんなに幸せなの?

 綾香は、その言葉を飲みこむしかなかった。聞くまでもないのだ、いつもなら、無表情であるセリオが、そんなに自然に嬉しそうに微笑んでいるのだ。どうして親友である自分がセリオの気持ちを疑えるだろうか。

 綾香は、それでも納得するのに少しの時間を要するが、志保にとってみれば、まさしく予想通り、見たままだ。

 あかりは、どんなかっこうでも、ヒロと一緒にいられれば幸せそうだもんね。

 それがまわりからどう見られるかについては、あかりは特に興味がないのだ。志保はどちらかと言うと気にしない方ではあるが、あんなに徹底はできない。

 それがあかりと私のヒロに対する気持ちの差、て言うんなら、私も納得するけどね……

 多分、それだけではないのだ。きっとあかりと志保、二人の人間の差に過ぎない。

「それで、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の解決策は?」

 長瀬は、セリオが幸せそうにしているのを、目を細めて見ていたが、思い出したように、急に真顔になって浩之に聞いた。

「ああ、おっさんはそれが知りたいだろうな」

 浩之は、あかりとセリオから手を放して、頭をかいた。

「あんまり確証が持てないんだけどな、それも今更って感じだな。俺の話で、今まで確証があったもんなんてないもんなあ」

 そう言って浩之は笑った。正しいとは思っているが、間違っていてもまったくおかしくないことを浩之は今まで言ってきたのだ。

 それもまさに「今更」の話だ。

「正しいかどうかは、聞いて判断するよ」

「んじゃあ、話を戻すか。あかりが俺に聞いて来た、あかりとセリオ、どっちが俺の役にたってるかって話な」

 綾香が激怒寸前まで行った話題だった。

 メイドロボにとっての存在理由と、自分の自己満足を比較対象に出したあかりに、綾香は怒りを感じたのだ。

 だが、それはあかりにとってはしごく正当な質問だ。

「率直に、その質問に対する答えを言うな」

 綾香は、セリオの顔を見る。セリオは、その話題になっても、前と同じでまったく表情を変えていない。無表情であるのはいつものことだが、それにしたって、今は感情があれば読めるはずだ。

 ということは……セリオは、その答えを浩之から聞いたの?

 それならば、セリオが無反応なのもわかる。すでに終わった話と、これから始まる話では大きな隔たりがある。それがどんなに本人にとって重要な話でもだ。

 でも、まったく反応がないってことは、浩之の答えは決まってるじゃない。

 セリオに勝者のおごりは見て取れないが、それでも、浩之の返答がセリオを選んだのは、聞かないでもわかる。

 というより、あかりを選ぶ意味がない。あかりは、確かに浩之のためになることを第一に考えてはいるが、それはセリオよりも程度は低いものだ。セリオは、存在する理由としての献身を持って浩之に相対しているのだ。

 何より、ついこの間まではそんなことは考えなかったが、セリオは、綾香が思っているよりも傷付き易いのだ。

 あかりは、小さなころから、浩之に守られもしたろうが、鍛えられもしている。多少のことではへこたれたりしないだろうし、多少でなくとも、少なくともセリオよりは頑強であろう。

 だったら、浩之はセリオを選ぶ。

 それを知っていたら、あかりだってそんなことは聞かなかったのではないのだろうか? わざわざ、負け戦をするほどあかりは無謀なのだろうか?

 それとも、私には理由のわからないけじめか何かなのだろうか。

「俺は、あかりの方が役に立っているって答えた」

「……はあ?」

「何?」

 しかし、浩之の言葉はまったく反対で、あまつさえ、驚いたのは、綾香と長瀬、つまり、セリオ側の人間だけだった。

「ちょ、ちょっと、浩之。あんた、自分で何を言ってるのかわかってるの?」

 浩之が、メイドロボの存在理由を知らないわけがないだろう。それに一番心を痛めていたのは、浩之なのだから。

「ああ、もちろん、わかって言ってる」

「セリオは、メイドロボは人の役に立つのが存在理由よ。それを、浩之は……」

 綾香の拳がプルプルと震えていた。それにどういう意味があるのかなど、少しも考えなかった。ただ、親友が虐げられているという感覚しか、綾香にはなかった。

 そして当然長瀬もいい気はしなかったろう。綾香よりも怒りを押さえることができるのは、おそらく歳の功と、それに意味があるのだと思っているからだ。

 散々無駄な話を続けているように見えるが、浩之は全て必要なことしか言っていない。どんなに無茶なことをやっているようでも、その行動は、結果として整合性を持つ。そして、一番効率の良い、それも浩之の希望を通した上で、効率の良い行動を行っているのだ。

 まったく、驚くべきとしか言いようのない浩之の行動を、長瀬は強くかっているのだ。

 だから、今の言葉も、浩之をかって黙って聞いた。それが意味ある行動だと信じて。

「それだけさ、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』を解決するのに使った方法は」

「それだけ?」

「ああ、それだけだ。俺は、セリオを認めれなかったんだろうな、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にならなかったところを見ると。だが、あかりは認めちまった、俺の彼女っていう立場のセリオを律儀にもな」

 そして、まったく関係ないはずのあかりを、その銀色の処女の棘が襲う。

 いや、もう完全に、あかりはその中に捕らわれていた。しかも、さして望んだわけでもないのにだ。

 不幸と言えば、不幸だったのだろう。ただし、あかりにはその不幸から抜け出すだけの力と、幸運に恵まれていた。

「それであかりは『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』におかされたわけだ。メイドロボに、セリオに劣等感を抱いてな」

 おそらく、あかりでなければ、献身を自分でも自覚して最上に置こうとした彼女でなければ、そんな遠くに離れた場所での出来事だけで鋼鉄病におかされることはなかったのだろう。だが、彼女の劣等感は、それを最上とするだけに大きかった。

 実際、あかりは意識が朦朧とするほどの頭痛を感じていた。あれを耐えるのは、確かにあかりにだからできたことだ。おそらく、普通の人間なら、後2、3日もしないうちにノイローゼで自殺未遂ぐらいしていただろう。

「まず最初に俺が取った方法は、メイドロボを認めるのをやめさせることだ。俺のときは、俺がセリオを切り捨てることができない以上、無理だってわかってたわけだが、あかりなら、俺を認められなく、つまり嫌いになればいいわけだが、まあ……」

 浩之は、どこか楽しげに笑った。

「んなことがあかりにできるわきゃないわな」

「当然よ、あかりがヒロを嫌いになるなんて、私が見てみたいぐらいよ」

 志保が浩之の態度にカチンと来て文句を言う。まわりから見ている志保だって、あかりの気持ちはよく見えていたし、だいたい嫌いになるなら、浩之の無茶苦茶な行動に耐えきれずに、もう嫌いになっているはずだ。

 あかりは、ここにいる女の子全員に言えることだが、浩之の無茶苦茶な行動に惚れてしまった物好きな子ばかりなのだ。

「で、仕方なく、俺はこの手をあきらめた。いつもは従順と言ってもいいあかりだけどな、一度言い出すと、人の意見なんて全然聞かないからなあ。まったく、誰に似たんだか」

 絶対浩之に似たのだろうと、浩之以外のここにいた人物は、セリオでさえそう思った。

 まさに浩之は、あかりの親であり兄であり弟であり、恋人であるのだから。

「仕方ないから、あかりの意見を聞いて、とりあえず後に回させてもらったんだが……正直、あかりの『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の解決策を、俺も全然思いつかなかった。自分の胸の痛みを先に解決したが、まだあかりと話してたときは、俺の胸の痛みは鋼鉄病のせいだって思ってたからな。俺の胸の痛みがどうにかできるなら、応用できると思ってたんだ」

 浩之の目測は、ここで大きく誤算を生んでいたのだが、結局、浩之にとっては予想範囲内でしかなかった。最初から目測のつくような問題ではなかったのだから。

「はっきり言って、あかりの鋼鉄病が治ったのは、あかりがあの質問をしてくれたからだ。俺は、メイドロボを認めさせる部分には注目しても、メイドロボを超えるってことまで考慮に入れてなかったんだ」

「メイドロボを、超える?」

 その言葉に、長瀬は緊張してあかりを見た。あかりとしては、何故そんな目で見られたのかわからず、困っている。

 長瀬が何を考えているのかが、浩之には手に取るようにわかる。

 そこにいるのは、メイドロボを超えた献身を持つ、人間?

 しかし、そんな必要はこれっぽっちもないのだ。そこまで行かなくとも、あかりの、そして浩之の目的は達成されるのだから。

「俺のあの返事は、メイドロボを認めさせなくするアプローチじゃない。メイドロボを完全に認めるアプローチでもない」

 それは、浩之が考えた前提を、覆すアプローチ。『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の理由にあたる、劣等感を消す、唯一実行できた方法。

 無茶だと思うどころか、その方法を導き出すことさえ視野に入れていなかった、答えよりも先に、真理を返る、反則。

「メイドロボの心を超えるアプローチだ」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む