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銀色の処女(シルバーメイデン)

138

 

 結局、浩之は一人でベットに寝ていた。

 あかりとセリオは一階で寝ている。説得するのに少し時間は要したが、さしたる抵抗はなかった。別に、あかりやセリオに遠慮したわけではない。

 多分、一人で物を考えれる夜は、もう二度とないだろうからな……

 浩之は、あかりを受け入れるつもりであった。当然、一緒にセリオもだ。

 それは自分で望んだこと、何の後悔もない。結婚が人生の墓場だとよく聞くが、浩之は別にそんなことも思ってない。二人と暮らせるのは楽しいと思う。

 考えるだけで幸福な日々。何悩まされることもなく、あかりとセリオ、二人に囲まれて暮らす生活は、どこを取っても、少しも嫌な部分はない。

 だが、これは俺に限った話だ。

 浩之は、理由はともかく、セリオを好きになったせいで、多くの問題にみまわれた。浩之でなければ、解決できなかったほどの問題だ。

 そう、浩之ならば、解決できるレベルの問題だった。実際、浩之はセリオのことも、そしてふってわいて出たようなあかりのことも、もちろん自分のことも、無茶苦茶な手であろうと、とにかく解決した。

 そして自分でもよくわかっている。自分は、本当はまったく、問題を解決していないのだということに。

 胸の痛みは消したし、あかりの『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』も解決した。かなり無茶ながら、愛するセリオと、あかりをその手から漏らすこともなかった。

 それはただ、浩之がすごかったから。決して、方法が正しかったわけではないのだ。

 それが証拠に、浩之は、結局『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』自体を解決したわけではなかった。

 長瀬は帰り際に、浩之に「確かに、あまり参考にならなかったかもしれない」と言っていたが、それが参考になることは浩之には最初からわかっていた。が、もし参考になったとしても、それは有害であったかもしれないのだ。

 あかりは、セリオに優越感を持つことで、劣等感を消したのだ。

 そして、俺もメイドロボを対等、またはそれ以上などとは思っていない。

 セリオは、どう言え、優れている。あそこまで、人のために動ける人間はいない。無償の献身、その言葉は、やはりメイドロボにしか与えることができない。

 その点を見れば、絶対にメイドロボの方が優れている。それを否定できる者は、この世界にいないはずだ。メイドロボを深く理解すればするほど、その気持ちは確信に変わる。

 だが、それなのに、浩之はメイドロボを認めることができなかったのだ。心の底から認めていれば、確かに『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』にはかからない。だが、きっと浩之が鋼鉄病にかからないのは、メイドロボを、最初からこれっぽっちも認めていないからなのだ。

 それでは、駄目なのだ。浩之は問題を解決したが、それは直接的に自分にかかる被害を消したに過ぎない。問題の根源は、少しも解決していないのだ。

 あかりだってそうなのだ。あの、浩之の知っている中では一番優しく理解力に優れていると思われるあかりでも、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』の毒牙から逃れることができなかった。

 解決した方法も、本当にしないといけない方法からはまったく正反対なのだ。本当なら、浩之は、あかりがメイドロボを心から認めれるように努力すべきだったのだ。

 だが、浩之は、結局解決方法を思いつかずに、一番やってはいけない方法で、あかりを救ってしまった。

 直接被害のかかる問題を全て解決したのだから、それでいいではないかとも浩之自身思う。だが、それでも浩之は、好きになった相手を、世間が、あかりが、そして自分が認めないことが許せなかった。

 正しい、間違っている、そういうレベルの問題ではない。ただ、浩之が嫌なのだ。

 自分達に被害が及ばない限り、セリオが苦しむことはない。セリオは、自分が認められないことを悲しむようなことはしない。

 それが、自分の保身さえ無視して、人のために動くメイドロボ達の考え方だ。人に迷惑がかからなければ、どんな酷いことをされても彼女達は耐えれるのだ。

 だが、浩之はそれを許せない。メイドロボを認めないということがではない。浩之にとっても、他のメイドロボのことまで考えるのは無駄なことだ。

 しかし、セリオは、俺が好きになったメイドロボなのだ。

 選民思想と言えばいいのだろうか。浩之も普通の人と違わず、自分が特別だと思った相手は、やはり特別と認識するのだ。

 その中でも、セリオは一番、あかりと同等に特別なのだ。それを、認めないことなど、浩之には許せなかった。

 ……しかし、どうしたもんかなあ。

 セリオを認めないことが、浩之には腹立たしいが、正直、それを解決する方法が思いつかないのだ。だいたい、やれるものならさっさとやっている。

 今日、あかりとセリオを部屋に入れなかったのは、二人がいると、その問題を忘れそうだったからだ。心の端では、やはりそんなことなどどうでもいいとさえ思ってしまっていることを、浩之は自分でもわかっていた。

 セリオとあかりがいたら、多分、幸せでこんなこと考えたりしないもんなあ。

 見逃すには大きな問題だが、それでもセリオとあかりがいては消えてしまう。浩之のかかえている問題は、その程度の問題だ。

 胸の痛みは、少しも残っていないし、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』は、まさに浩之を脅しただけだった。

 問題は、もうすでに残ってもいないのだ。後は、もう浩之のこだわりが少しばかりこびりついているだけ。

「……ったく、俺もひでえよなあ……」

 ほんの少し、浩之の胸にひっかかりを残す、「メイドロボを認めていない」という棘。今までの大きな、そして毒を持つ棘に比べれば、対したものではないが、そういう小さな棘は、大きな痛みを残すことはないが、小さな痛みで相手を嫌がらせるのだ。

 メイドロボを認めていないことなど、たかがその小さな棘みたいなもの。指の先にひっかかって、面倒なので浩之はそれを取ろうとするが、それは小さいだけに、取れない。

 他にいいことがあると忘れてしまうぐらいの棘。しかし、ふとしたときに、チクチクとする痛みに気付く。

 ……やっぱり、はっきりさせときたいよなあ。

 それでも、浩之にはセリオを認めないままなのが許せない。自分で納得しなければ、その棘が消えることはないのだ。

 それは、優しさ? あかりや志保が思うような、浩之の最大の魅力である優しさ。

 それは、わがまま? 自分では、どうしようもない男だと思うようなわがまま。

 セリオに対する優しさであるし、許せないのは自分なのだから、それはわがままなのかも知れない。

 物事には、答えは一つ。

 浩之は、セリオのことが好きで、同時にあかりのことも好きだ。

 物事の理由は、一つではないだろう。

 メイドロボを認めないと思うのは、わがままであり、優しさであればいいのだ。

 でも、だったら、俺は何をすればいい?

 メイドロボを、少なくとも、セリオだけでも認める方法があるならば、同時に、自分にも何かできるはずなのだ。

 永遠に分かり合えない。そういうこともままにあるだろう。むしろ、絶対に分かり合えると思う方がどうかしているのだ。

 人はこだわりを捨てれないし、メイドロボは人のことばかり考える。

 そんな、分かり合うなどという言葉が少しもない関係に、どんな解決策があるだろうか。

 だが、そこには俺も、セリオも入っていない。俺は、セリオを認めないと、分かり合いたいと思っている。

 俺は、それを望んでいる。望んでいる人間が、ここに一人いるのだ。

 それにあかりだって、いつかは望んでくれるだろう。あかりはそういうヤツだ。

 それに、セリオは……セリオは?

 セリオに関わってから、浩之は盲点ばかりを突いてきた。いわゆる「裏技」で問題を解決してきたのだ。それは、そうしないと解決できない問題だったから。わざと盲点を探し出していたわけではない。

 だから、今回の盲点も、ただ、そうふと思っただけのことだ。

 

 セリオは、メイドロボは人と分かり合おうとしているのだろうか?

 

「……」

 浩之は、その答えを知らない。

 メイドロボは、人間のことを認めている。むしろ、自分よりも上と思っているだろう。それは人間と違って、劣等感など抱く隙はない。

 それはそうなのだ。メイドロボは、人間を低く思ったりしない。

 でもそれは、人間を理解していることになるのか?

 浩之は今まで、セリオの、そして他のメイドロボの無償の献身や、人間のことを考えるだけの存在理由に目を奪われて、そこを考えていなかった。

 まさしく盲点。思考の、というより、前提であるための盲点だ。

 セリオは、メイドロボは、人間のことを分かり合おうとしているのか?

 何も、相手を低く見てしまうことだけが問題ではないはずだ。相手を高く見てしまうことも、やはり相手のことを理解しようとしていないことになるのではないのか?

 自分よりも劣る人。それを、劣ると、理解しようとしたことが、セリオにはあったのか?

 人間が自分よりも低いと言われるたびに、セリオは辛そうな顔をしていたような気がする。それは、メイドロボにとって、人間が仕える相手だから、献身する相手だから、相手に高くいて欲しい願望ではなかったと、誰が言えるだろうか。

 ……いや、俺の勘違いだろう、きっと。メイドロボが、セリオが、そんなことを考えるわけないもんな。

 メイドロボが考えているわけではないのだ。その願望は、メイドロボの方にあるのではない。多分、人にあるのだ。

 正しいのは、やはり、メイドロボは人間を理解しようとしていないだろうということ。

 到底無理な話だったのだ。どちらか片方が理解しようとしただけで、人は理解し合えない分かり合うには、お互いの、分かり合おうという気持ちは、不可欠なはずだ。

 そして、それさえあれば、二人は理解し合える。

 俺と、あかりは、そうやってお互いを理解したのだ。

 あかりは俺を知りたくて、俺はあかりを知りたかった。だから、どちらもそれを望んで、俺とあかりは理解し合えたのだ。

 俺も、捕らわれていたのだ。メイドロボが、人よりも優れているからと言って、だからメイドロボが変わらないでもいいかと言うと、当然、そんなわけがないのだ。

 お互いの気持ちがあって、初めて、全てはうまく行くのだから。

 そして、浩之は、一つの結論に達した。

 大丈夫だ、俺達と、セリオなら、きっとその場所までたどり着ける。

 まだセリオとは短い付き合いだから、あかりほどに手放しで信じることはできない。でも、今は信じてもいいと思う。セリオは、ちゃんと変わったのだから。

 

 方法がわかれば、後は大丈夫だ。

 セリオに話をして、それを解かってもらえば、時間はかかっても、きっと俺達はどうにかなる。

 そしてあかりも、きっと解かってくれる。嫌なら、俺が強制してでも解からせてやる。理解しないよりも、理解する方がいいに決まっているのだ。

 浩之はちらりと時計を見た。時間はすでに1時をまわっていた。明日は学校は休みなのでゆっくりはできるが、そのことを考えると、早く起きてセリオとあかりに話をした方がいいだろうと思い、もう寝ることにした。

 後、ほんの少し待ってから。

 コンコンッ

 浩之の予想通り、扉を叩く音が聞こえた。

「浩之さん、起きていますか?」

「ああ、入っていいぜ。セリオ……あかり」

 扉を開けて入ってきたのは、やはり、浩之が言ったようにセリオとあかりだった。浩之は驚くこともなく、ベットから起き上がる。

「どうかしたか、二人とも?」

「うん……やっぱり、せっかくだから、浩之ちゃんと一緒に寝たいかなって」

「私も充電が終わりましたので、大丈夫です」

 二人は、かなり刺激的な言葉を言っているのに、その声も、顔も、真面目そのものだった。セリオは最初から無表情だという話もあるが、そのセリオとて、今が真面目なときだということを重々理解している。

「……恋人と一緒に眠りに来た顔じゃないな」

「……はい、浩之さんが、きっとお話があるだろうとあかりさんから聞きましたので、起きてきました」

 きっとセリオには何のことなのかさっぱりわかっていないだろうに、それでもあかりについてこの部屋に来たのは、やはりセリオも変わってきているのだろうか。

「あかり、俺に話があるならともかく、俺が話があるなんて、言ってないぜ」

 浩之の意地悪そうな表情に、あかりは笑顔で返した。

「ううん、そんなことないよ。きっと、浩之ちゃんはセリオさんにも、私にもまだお話があるんでしょ? 浩之ちゃんが、このまま終わらせるわけないし」

「いい判断だ」

 浩之はそう言って、セリオとあかりを一緒に抱きしめた。

「だけど、今日はそういう気分じゃないな。話はまた明日にしよう。今日は、一緒に寝るか」

 そう言って、浩之は3人では小さなベットに、セリオとあかりを抱きしめたまま倒れこんだ。いくらあかりとセリオが軽いと言っても、3人分の重みと、勢いのついた重量に、ベットがきしみを上げる。

「……私はいいけど、セリオさんは?」

「異存ありません。むしろ、この方が自然だと思います」

 どちらも、まったく抵抗しなかったし、むしろそれを望んでいるようだった。

 絶対におかしい、3人が一緒になって寝る姿。それを3人が3人とも嫌がっていない、むしろ喜んでいるあたり、すでに3人ともどこかが狂ってしまっているのかもしれない。

 しかし、3人の中で、それをやめれる者はいない。まわりからどんなに見られても、どうしようもなく幸せなのだから。

「別にエッチなことはしないけどな」

「一言多いです、浩之さん」

「そうだよ、浩之ちゃん。せっかくの楽しい時間なんだから、そんなやぼなこと言ったらだめだよ」

「やぼってわけでもない気がするけどな」

 そう言って、浩之はセリオとあかり、二人を抱きしめた。優しく、強く、いとおしく、何より、とても幸せで、身体が震えるぐらい。

 

 この幸せが、永遠に続けばいいと思う。

 この幸せを壊そうとする、全てのものを排除しよう。

 そして、この幸せをもっと、もっともっと大きくしていこう。それが3人ならできる。

 一人は、人間でさえない、でも美しい『銀色の処女(シルバーメイデン)』でも。

 そんなこと気にならないほど、幸せだから。

 

 こんな、一人の男の子に、全てをささげた私でも。

 

 こんな、どうしようもない、二人の女の子を好きになるような、最低な俺でも。

 

 こんな、私でも。

 幸せを、手にすることができたのだから。

 

続く

 

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